第8話 握手からはじまるアイドル複製計画
「やったぞ……ついに成功だ!」
博士は思わず感嘆の声を上げた。
博士が成功させたその技術は、生物の細胞の一部を培養し、その全身を復元させるという、人類にとっては革命的とも呼べるものだった。
だが博士はこの技術を医学的に使用することも、また、学会に発表して莫大な報酬や名誉を得るということにも興味は無かった。
何故なら、この研究を始めたそもそもの目的はこの技術を応用し、以前から博士が大ファンであったアイドルの複製(クローン)を作ることに他ならなかったためである。
博士はこれまで様々な生物でこの実験を成功させ、残る実験は人間のみというところまできていた。
そこで博士は、この研究の最終段階である人間(アイドル)の複製に着手することにした。
博士は早速そのアイドルのスケジュールをチェックした。すると数日後に都内でそのアイドルの握手会が催されることがわかった。
博士はあまりのタイミングの良さに歓喜した。というのも、博士の完成させた技術の精度は凄まじく、人間の手のひらに付着しているナノレベルの微量な細胞からもその全身を完璧に複製させることが出来たのである。
そして迎えた、握手会当日。
博士はアイドルの細胞を採取するために、片手に肉眼では見えないほど薄い特殊な手袋をつけ握手会へと臨んだ。
徐々に高まる緊張感と、それに伴って早打つ心臓の鼓動と共に、博士の番が刻一刻と迫る。そしていよいよ博士はその時を迎えた。
博士は努めて冷静さを装いながら、ありきたりな応援の言葉を口にした。
そして、怪しまれない程度に力強くアイドルと握手を交わした。
握手が終わると博士は誰にも見つからないように手袋を外し、そそくさと自室である研究室に戻った。
そこで今回唯一の不安材料であった細胞の採取が出来ていたことを顕微鏡で確認すると、博士は口角を吊り上げにんまりと笑った。
博士は採取した細胞を慎重に、培養液で満たされた大きなカプセル型の容器に入れた。
人間での実験が今回が初めてであることや、そうして出来上がるのが大好きなアイドルだという二重の高揚感が、博士の脳内から多量のアドレナリンを分泌させた。
博士はその日から日がな一日、様々な妄想を頭の中で巡らせた。それはこれまでの時間を全て研究へと捧げた博士にとって何者にも代え難い程の至福の時間だったのである。
そして培養を初めてから数週間後、すっかり人型にまで成長した細胞を見て博士は一つの違和感を覚えた。微妙に細胞が本人よりも大きく成長している気がしたのである。
しかしその時の博士は複製したアイドルとの新生活に心を踊らせていたため、その違和感も誤差の範囲内ということにして、さほど大きな問題とはしなかった。
そして、更にそこから数日後。博士は先日の違和感を追求しなかったことを大きく後悔していた。
カプセルの中には握手会の時、博士のひとつ前に並んでいた男の巨躯が出来上がっていたのである。
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