二匹の神様

かるかん大福

二匹の神様

 俺の家は代々、裏稼業で《祓い屋》をしており、一族の人間は力の差はあるも、だいたい《霊感》みたいなものを持ち合わせていた。そのせいもあって、俺は幼き頃より、普段なら他の人には視えない"もの達"を視る事が多かった。その為、人酔いに似た症状が出て体調不良になったり、表情を曇らせていたりしたもんだから、周囲の者達からは気味悪がられた。


 それが嫌で気を紛らわす為、ある日夕方近くまで一人田舎の稲荷神社近くにある森を探検中、見事に迷子になってしまった…。一生懸命助けを呼び、出口を探したが、当時は子ども。体力が早く尽きてしまい、地面に座り込んでしまった…。


「嫌だ…。怖い…。早く帰りたいよ…。」


空も暗くなってきた。寒い。疲れた。そんな事などを考えて、半べそをかいて蹲ってる時だった。


 "ガサガサ…。"


 狸か狐だろうか…?それとも、"あいつら"?…どちらにしろ、顕れた奴が、人を襲うやつではありませんように!…そう願いながらビクビクし、頭を抱え、目を瞑っていると、出てきたであろう影の主に声を掛けられた。


「あらあら、こんな所に…。ぼく、もしかして迷子?」


「何処の子だい?歩けそうにないのなら、社務所までおぶって行くぞい。儂らが親に連絡してやる。」


 目を開けると、黒髪の綺麗な巫女服のお姉さんと、弓矢を持った狩衣姿のお爺さんが目の前に立って、自分を見下していた。神社の関係者かな…。


 助かった…。そう安心して、神主さんの背中におぶられた時だった。何やら花の様な良い匂いがする。香水みたいな強いものではなく、優しい香り。…何だろう?…だんだん、眠…く。


「安眠効果の香よ。…あらあら、随分疲れていたのね。ゆっくり休みなさい。」

「##。効力は程々にして下さいね!」

「分かってるわよ、※※!!私を誰だと思っているのよ。……――。」


 恐怖が和らいだからなのか、疲れからか、二人の声がだんだん聞こえなくなる…。しかし、最後に"視えた"二人の姿。あれは、獣耳と尻尾…?…あぁ、やはり彼らは"人"では無かったのか…。でも…、相手は"妖"などの類であっても、巫女さんの声と俺を撫でる手は優しく、神主さんの背中は広くて、とても温かかった。


「ありがとう…。」


 俺は聞いてないであろう二人に向かい、そう呟き、そのまま意識を手放して、深い眠りへ落ちていった。――

    

 ――あれから8年後。俺は高校生活をそれなりに楽しく過ごし、必死に勉強した甲斐があり、遂に卒業と同時に、東京の医学部のある大学に入学する事となった。


「っしょっと。…ふぅー、やっと終わった…。」


 これで運んだ荷物は最後かな…。俺は部屋一面に置かれた段ボール箱を見渡した。


 現在、俺は田舎から上京し、これから住む学生向けのアパートにて、"同居人(?)"と共に荷物の整理をしている最中である。あと少しで終わるはず、なんだが…。


"ぐぅ〜…。"


「お腹空いたぁ〜…。海斗ぉ〜、そろそろお昼にしようよぉー。」


「珠代…。お前、フワフワ浮いて、ゲームしてただけだろ?早く荷物整理しないと、今日中に終わらないぞ!…あと、また課金はしてないだろうな…?無駄遣いしたら、これから生活出来なくなるんだからな!」


俺がそう言うと、巫女服を着た、見た目幼女の九尾の赤いきつね"珠代たまよ"は、べー、と舌を出し、俺に指を指し、こう言った。


「えぇー、ケチ!妖力使って浮いたり、ダンジョン攻略を考えると、意外とお腹空くのよ!!何か食ーべーたーいー!」


そう言われてもなぁ…。料理のスキルはまだ無いし、外出しようにもまだ都会の街中に慣れていない。


 流石は《首都・東京》。建物の多さや高さ、人口密度、その他諸々。田舎に無いものがぎっしり詰まっている。それと同時に、それらに混じった"奴ら"も意外と多く、まだ慣れない分、田舎よりも気分が余計に悪い。…早く慣れないと、夢のキャンパスライフが楽しめない…。


「確かに腹減ったなぁ…。母さん、何か持たせてないかなぁ…?」


 俺が食料が入っていそうな荷物を、ガサゴソ、と探している時だった。


"シュー……、カチッ。"


電気ケトルの作動音。お湯、いつ沸かしたっけ。俺が疑問に思った時だった。狩衣をまとった、こちらは少年姿の緑のたぬき"伊予いよ"がカップ麺、"赤いきつね"と"緑のたぬき"人数分をお盆にのせて持ってきて、それぞれお湯を注ぎ、割り箸を上に置いた。


「そろそろお腹空く頃だと思い、そこの"こんびに"と言う名の商店で買って参りました。…あぁ、木の葉では無く、ちゃんと現金払いしましたよ。しかし、流石は大都会。皆さん、ほとんどが電子マネーでした。」


「ありがとう、流石は伊予。…本気マジか…、これから大丈夫かな…。」


「大丈夫!だんだん慣れてくるわよ!…さあ、もうそろそろ3分じゃない?私、"赤いきつね"!」


「どさくさに紛れて…。俺は"緑のたぬき"にしよう!何てたって、『引っ越し蕎麦』だしな。」


「『引っ越し蕎麦』は本来、ご近所さんに配る物ですがね…。」


"パンっ"


「「「いただきます!!」」」


 揃って手を合わせて言い、粉末調味料をかける。…しまった。天ぷらを退けてかけるべきだった。少しふやかしながら、サクッと食べたかったのに…。意外と腹が減っていたのであろう。ズルズルと啜った蕎麦の味に俺の味覚と腹は、幸福感を感じていた。


「…電報掲示版には、遂に新規感染者100人超えした、と流れてました…。」


「そっかぁ…。人工が多いとそれなりに広がるもんなぁ…。早く落ち着けば良いのに…。お前ら、一応、感染対策しとけよ!」


「分かりました。」


「私を誰だと思っているの?千年以上生きてる珠代様よ。病如きに絶対、罹らないわよ!」


「万、が、一!!楽しみにしていたアニメの祭典、連れてってあげないぞ!」


 俺が医者になろうと思った理由。一つはこの、感染症。この一年、急速に流行り出し、今や社会問題となっている。俺の地元でも「何とかしてくれ!」と、実家に祈祷の依頼が連日舞い込んで来ていた。実際、そういった事を引き起こす"あやかし"はいる。…俺だって、何度もそれらの"妖気"に当てられ、生死を彷徨った…。しかしそれはほとんど稀で、感染対策や体調管理、衛生管理等をしっかり行えば、ある程度防げるのある。

 しかし、医療施設がまだ少なく、祈祷で病魔平癒を願うのが当たり前の風習が根付いている我が田舎では、そうするしか無いのである。なので、祓い屋を"影"で営む傍ら、表で"医院業"を起ち上げるのが我が目標である。


「神隠し騒動で世話になった方々にも恩義を返すのも、1つの目標ですしね。」


「あの時はヤバかったな…。」


「あの時のチビ海斗、ベソかいてたしねぇー。…んー、美味い!」


「うるさい!ていうか、何で知ってるんだよ…?」


 横で油揚げを堪能している珠代に、ツッコミを入れる。伊予同様、珠代が俺の式神になったのは、確か高校入学と同時だったはず…。!!もしかして…。


「なぁ、お前」

「『霊力ある子どもは恰好な獲物、すぐあっち側に連れて行かれる。』祓い屋一族の子どもなら尚更です。…あやかし界では有名な出来事でしたよ。」


「そうなんだ…。俺はてっきり、あの時の神主と巫女は、実はお前らだったんじゃないかと…。」


麺を啜る音以外、わずかな沈黙。それを破ったのは、伊予の落胆した長い溜息。


「海斗様…。主だから言葉に気をつけてますが、私の見た目、そんなに老いてますか?」


「いや、そういう訳じゃ…。…さて、そろそろ荷物片付けないとなぁ…。ごちそうさまでした!!」


あまり怒りの表情を見せない伊予の機嫌を損ねると、非常に不味い…。俺は逃げるように、急いで3人分の容器と箸を片付け、荷物の荷解きに取り掛かった。


 ―「伊予、グッジョブ!」

「次からは気をつけて下さい、珠代。少々焦りました…。」


親指を立てる同胞に、伊予はそう注意した。

 二人が海斗の式神になったのは、一族のおさの命令でもあるが、実はそれだけでは無い。


『ありがとう…。』


妖と勘づいていながらも、そう言ってくれた少年の優しい言葉がとても響いたのだ。それから今までの間、彼らは海斗に気付かれない様に、ずっと成長を見守っていた。泣き虫だけど、心が強い、優しい少年を。


「おーい。ちょっとこれ、一緒に頼むー!」

「少々お待ちをー。」

「男なのにだらし無いわねぇ。私だったらこんなの、チョチョイ、とするんだから!」


 大きな荷物を運びながら言う海斗に二人はそれぞれ、そう声掛けながら駆け寄った。


 ―さて、この青年、新しい場所でどんな出会いがあり、どんな道を歩むのか、とても楽しみだ。―


 これからの出来事と青年の明るい将来に思いを馳せて、今日も二匹の神様は青年を見守り続けるのだった。

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