第5話 おばあさまの手紙 中
「わたしには姉が3人いました。それぞれ才覚ゆたかな、うつくしい姉たちでした。わたしが子供時代を終えようとしていた頃、彼女たちには次々と縁談が舞い込んでいました。いずれも内証の豊かな、立派な家々との縁談です。
ひとり、またひとりと旅立つ姉たちと引き換えのように、屋敷には数々の品々が届けられました。今思えば、両親は娘たちと引き換えに、土地やその他の利権を得ていたのかもしれません。喜ぶ両親と、はるか昔のように潤い出した家の様子を見て、わたしは自分の運命を悟りました。
貴族の娘は、生まれた時から役目を得ています。それは、幼かったわたしにも既に教えられていたことでした。生まれてからは両親に仕え、嫁いでからは夫とその一族に仕えて家を取り仕切る。娘が嫁ぐのは、生家と婚家を潤すため。当然のことと思っていました。けれど、そのようなわたしたちの営みに、どこかがらんとした空虚さを覚え出したのでした。
それを埋めるものを見つけられないまま、私は16になろうとしていました。その年の春、わたしの元に縁談が持ち込まれました。
相手は、チェスター家と同じく子爵位を授かった家の青年でした。その家はもう絶えていますので、名前をあげることはしません。
その家は血筋も家格も申し分なく、家計もゆたかでしたが、一族の評判はあまりよろしくはなく−ありていに言えば、ある種の陰鬱さを抱えた家でした。先々代から続く気の病がこの家を社交界から遠ざけ、一族だけでひっそりと暮らしているようでした。
その家に生まれたのが、わたしの夫となるはずだった青年でした。彼は幸運にも、父親たちのように病を受けつがず、快活で立派な青年貴族に育ちました。そのような彼に、一族は家の再起を賭けることにしたのでしょう。表舞台に返り咲くためのツテと縁を求めて、我がチェスター家と婚姻を結ぶことにしたのでした。チェスター家には当時、適齢期の娘がおり−それがわたしでした。
貴族同士の結婚は、第一に両家の益のために結ばれるものです。わたしは幼いころからそう教えられ、そういうものだと受け入れていました。けれど、実際に自分がその立場になってみると、なんとも心細く、両手を降って思い切り逃げてしまいたいような気持ちになるのでした。家風がまったく異なる家に、何も知らずにひとり嫁いでいくのですから。
若い花嫁の心など置き去りに、縁談はとんとん拍子に進んでいきました。それがまた、わたしを重苦しい気持ちにしていましたが、籠の鳥は空を見上げることしかできません。
ですが、夫にはじめて会った日に、それらの気持ちはすベてどこかに吹き飛んでしまいました。わたしは夫に−ありていに言えば一目惚れをしてしまったのです。
わたしの悪役令嬢 鐘木リサ @yowaine
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