第4話 おばあさまの手紙 上 (2)

「……わたしがクラレントンの家に縁付いたのは、18の時でした。そこからの出来事は、あなたにもたくさんお話をしてきましたね。あなたにせがまれるままに多くのことを語りましたが、これだけはまだ、という話を書こうと思います。


わたしが今から語ろうとしているのは、娘の時分のわたしの物語です。

これを書いている今は春の終わり、わたしは落ち着いていつものライティング・ビューローに向かっています。おぼろ月がたかく登り、屋敷は静けさに包まれています。隣の部屋からは、わたしの看病をしてくれているクレアが、安らかな寝息を立てているのが聞こえます。


一字一字、今夜はどこまで綴れるでしょうか。不慣れな紙に書いているからといって、話の内容までは横にそれないようにしなければなりませんね。


・・・


わたしはチェスターという貴族の家に生まれました。チェスターの家は子爵位を授かった貴族でした。はるか昔よりあまたの貴族と婚姻関係をもち、家系図を遡ればその一端は王室にもつながるような、高い家格と古い血脈をもつ家でした。


チェスター家は、古い家にはめずらしく明るい家風の家でした。わたしの父であるチェスター子爵は社交を重んじ、たくさんの友人や知り合いとの交流をひっきりなしに行なっていました。多趣味であったことも、それに拍車をかけたようでした。

母も、父と同じように人付き合いを大切にする人間でした。父と他家の催しに出かけるのはもちろん、屋敷でも多くの夜会や舞踏会を開き、取り仕切りをしていたようでした。


わたしたち子供はそういったお呼ばれにも、家で行われる会にも参加を許されませんでしたが、ともかく人の出入りの多い、活発な空気の中で育ったのでした。ふと目を覚ましたときに遠くから聞こえる賑やかな音楽や、夜会に出かけていく母の真珠の耳飾りのきらめき、熱気とお酒のせいで上気した父の頬のことなどは、今でもよく覚えています。


ですが、−そういった家風の家によくありがちなことですが−チェスターの家の懐事情は、なかなかに厳しいものでした。父の趣味や母の服飾などにはお金をかける一方で、それを埋める手筈をどちらも整えようとしなかったのです。


はなやかな表舞台の裏で行われる両親のいさかいを、わたしたち姉妹は何度も目にしました。ナニーに追い立てられるように子供部屋に戻ったあと、ベッドからじっと見上げた天井は、凝った空気でよどんで見えました。



家庭内の矛盾した空気と、使用人たちから漏れ聞こえる不満の声。そして日に日に困窮していく両親の様子は、早々にわたしの子供時代を終わらせようとしていました。





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