第3話 おばあさまの手紙 上

「……わたしが今までにあなたに送った手紙は、全部で何通になったでしょうか。折にふれてこの老人が送る手紙に、あなたはきちんと返事を返してくれていましたね。ともすれば同じ毎日が過ぎていくだけの老人にとって、それはとても大きな慰めとなりました。


 あなたは真っ直ぐに育ちました。やさしく、聡く、礼儀正しい、立派なクラレントンの令嬢です。だからこそ、このような手紙を送るのは心苦しい気持ちもありました。あなたの人生に、初めて暗い雲をかけようとしているのですから。


ボールドウィン家のお茶会でのあなたを見なければ、この手紙は書かなかったことでしょう。けれど、あの日のあなたの顔を見てから、わたしはどうにも治めることのできない欲求を感じ続けていました。

わたしはわたしの心の物語を、あなたに読んでもらいたいのです。


わたしは、この身をクラレントンの家に、愛情をおじいさまとあなたたちに、わずかばかりの美しさと才覚は一族のために、捧げつくしました。

あなたも、「クラレントンの朝薔薇」の話はよく聞いたでしょう。わたしはこの家のために咲いた花のひとつだったのです。


与えるばかりというわけではありませんでしたが、己のほとんどを己のものでないと思いながら生きていました。それを不幸に思ったことはありません。それがグレース・クラレントンの人生だったからです。わたしは満たされ、誇りをもっていました。

けれど心だけは、誰にも渡さずに生きてきました。



この手紙は、あなたのおばあさまからの手紙ではありません。貴族の家に生まれ、生きた、グレースという名のひとりの女からの手紙です。

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