第5話 レッスン潜入

 指定された場所はS区の某公共施設であった。こういうところにはよく行く。芝居の稽古に使っているのだ。

 さすがに初めての場所は緊張する。トイレでジャージに着替え部屋に入ると、何人かが楽しげに会話をしていた。一斉に僕の方に視線が集まる。視線はこう語っている。

「なんだお前」

 男女共に、見栄えがいい。しかし、すごく、というわけでもない。自分のことをさておき、なんというか並の美男美女って感じだ。街にいたら、目を引くだろうけど、まあそれだけ、である。本当に自分のことさしおいてるな。

 僕は隅っこを陣取り、始まるのを待った。

 開始時間にやってきたのはグラサンをかけ革のジャケットという超絶うさんくさ〜い人物だった。いろんな変な人を演劇業界で見てきたが、これはなかなかの強者である。

 自己紹介をしたものの、「文学座? ふ〜ん」だってさ。新しい人(僕である)がきたのでと説明が始まる。

 ニューヨークアクターズスタジオのメソッドを元にしたなんちゃら……って本当か? スタニスラフスキーとかニューヨークアクターズとかなんとかいってレッスンをするのは、業界ではよく見かけるフレーズだ。たまにワークショップに参加してみたりもしたが、結局即興だったり、短いセリフを覚えて役者間での演技の交流だのなんだのってやつで、参加している時は「ほえ〜」と唸るのだが、参加後にはすっかりわすれてしまうようなものばかりだった。


 レッスンが始まり、びっくりした。

 催眠術を用いて役になりきり、演技をする、というのだ。

 なんじゃそら!!!!!!!!!

 講師の人、俳優経験があるそうなのだが催眠術士でもあるらしい。

 人を立たせて後ろに立ち背中に手を当てて、なにやらエネルギーなんだかをセット(と言ってた)し、演技をさせる、というわけだ。

 そんなふうにオカルトっぽいことされたら、気分(そういう人になり切ったような)がでるのかもしれない……正直、わけわからんが、面白すぎて笑ってしまいそうだった。

 じゃあ、きみも、と呼ばれ、僕もまた演技をしてみた。言われたのは犬。

 なんでまた?

 なんかしょうがないので犬の真似をしてみると、周囲から笑いが。この笑いはどういうわらいなんだろうか。同じく犬になれと言われたやつとなぜか唸り合う。あほくさいことこの上ない。

 馬鹿にしてんだか「すごい」なんだか……。

 とにかくやばい場所に来てしまった。そして……、


「おもしれえ」


 と思った。マジでやばいレッスン、話のネタになるだろう。しばらく通ってみることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る