第25話 脳筋世界の天辺で
それからは怒涛のように日々が過ぎていった。
マリア率いるイルグリア王国チームが帝国に勝利したことによって、まずイルグリア王家の、というかマリアの好感度がとんでもなく跳ねあがった。
帝王と正面切って戦おうと思えるだけでもう既に頑張っている、などと、良く言えば温かく見守られ、悪く言えばナメくさられていた新女王がとんでもない快挙を成し遂げたのだ。脳筋まみれの世界の住人たちが喜ばないはずがない。
女王勝利のしらせに、第一報を受け取った王国魔道通信部の人間たちはひっくり返った。
転移魔導士が神殿闘技場からやってきて、興奮冷めやらぬまま女王の戦いの成果を知らせたところ、その場で聞いていた人間達が文字通り、椅子から転げ落ちたり膝から崩れ落ちたりして卒倒したのだ。
そのため報告者である転移魔導士は部屋を出て廊下を走り、そのまま城中に女王勝利と知らせて回った。
おかげで城中で失神したりむせび泣いたりビールかけを始めたりする人間が続出したが、これはまあこの世界の一般常識においては仕方のないことである。なにせ言ってみれば、戦争で無血勝利したに等しいことなのだ。
そして知らせは王都の城下町へ、王国内の主要都市へ、周辺の町々へ、村々へと伝わっていき、その日のうちに王国全土で女王チームの勝利を祝う祝宴が開催された。
マリア達が選手控室で試合開始前の比ではないもみくちゃ具合になり、疲労困憊で城へ帰ってきたときには、既にありとあらゆる官民問わぬ仕事がストップする勢いで飲めや歌えやの無礼講が発生していた。
医療関係者や女王付きのメイド等の一部人間が涙をのんで自重をしている以外では、そこかしこで女王陛下を称える声が上がり、吟遊詩人たちが即興でリュートや竪琴をかき鳴らしては神前試合の様子を歌ってシャウトをキめ、ついでにアルコールと興奮でやられた脳筋たちの殴り合いがそこかしこで頻発するという無法地帯ぶりに、宴の主役であるはずのマリア達が引いたことは言うまでもない。
夜を徹しての全力大宴会は、体力の限界とアルコール摂取の限界を迎えた者から順に脱落していき、理性の残っている者たちはこの後の片付けの過酷さを思って絶望した。
案の定翌日は二日酔いの人間達が溢れかえり、王都は一時惨憺たる有様になってしまった。
ここへ周辺各国からの問い合わせが殺到し、王城勤務の人間達は顔面蒼白になりながらその対応をする羽目になる。
なにせ、あらゆる国を神前試合でぶちのめしまくっていた帝国を負かしたのだ。
イルグリア王国はこの時、建国以来一番世界で偉くなってしまっていた。
と言っても周辺国家を平定したわけでも何でもないのだが、とにかく無敗の帝王に勝った女王という、脳筋だらけの世界における最強の外交カードを手にしてしまっていたのだ。
おかげで女王への縁談が山のように持ち込まれ、帝王との練習試合の話を聞きつけてうちのチームの訓練にも付き合ってくれと懇願され、ひたすら仲良くしましょうアピールを各国から受けまくり、純粋な物量と何も考えず入れまくった酒の後遺症で、役人たちは涙を流した。
この状況を救ったのが、別荘もとい捕虜収容所から帰ってきた、前国王と王太子たちである。
彼らは帝国で交流を深めた魔導士やら侍従たちをヘッドハンティングし、即席の応援チームを引き連れて帰ってきたのだ。ちなみにこの件で有能な魔導士と従卒を数名失ったハーゲンは、イルグリア王家の鮮やかな人心掌握術に若干のトラウマを植え付けられたのだが、それはさておき。
この国の王位はどちらかといえば国の象徴としての意味合いが強く、政治に強いというわけでもないのだが、それでも前国王にはこれまで王としてきちんと働いてきた実績がある。
彼はまず回復魔法が使える魔導士たちを回復させ、医療チームと侍従チームを編成し、城中の二日酔いどもを人間としてやっていけるレベルまで復活させた。
それから大臣たちと連携を取り、各国からの要望をさばき、神前試合を優先したためにストップしていた一部の公務をまるごと片付け、城内の機能を正常化させていったのである。
まあそもそもの話、羽目を外して騒ぎすぎなければこんな事態にはならなかったのだが、それはともかくとして。
前国王と王太子はこうして面目を躍如したのであった。
そんなこんなで王国全土が浮かれ気分になっているなか、マリアは女王としてやっていくための教育を片っ端から詰め込まれることになった。
元々淑女教育はしっかりこなしていたため、死ぬほどつらいというわけではないにせよ、魂の根底が怠惰なマリアからすると、これは地獄だと言っていい。
父上たちが戻ってきたのだからしばらくは合同で仕事をこなしましょう、というマリアの申し出に、父と兄は快く頷いてくれたが、マリアを甘やかすとつけあがって勉強の進みが遅れる、という進言により、この女王教育はスパルタ気味に行われることになった。
なお進言したのはマリアをよく知る世話係のリズと、スパルタのプロのリョウである。
王女としてのそれほど多くもない公務をこなしていればよかった頃とは打って変わって、一国の元首としての国内の視察や各国王族との社交、兵士や騎士たちへの教導、王国議会で扱われる問題への意見など、どっと増えた各種公務とそれに付随する勉強に、マリアはゲロを吐きそうな勢いでゴリゴリに鍛えられていった。
なんなら神前試合期間の修行のほうが楽だとすら言える忙しさではあったが、体力は無尽蔵にあるせいで、なまじ頑張れてしまうから余計につらい。
さすがに強く麗しい若き女王様にゲロを吐かせるわけにもいかなかったため、休息のための時間は十分確保されていたものの、放っておけば数時間虚空を見つめてぼうっとできるマリアからすれば、それは少ないとしか言いようのない時間だった。
そんなこんなでクソのような、もとい充実した日々を過ごしていたマリアだが、さすがに時間が経てば、この神前試合勝利景気とでも呼ぶべきお祭り騒ぎも落ち着いてくる。
城内勤務の役人たちが増えた外交任務に慣れ、王都の人々が観光客相手に女王クッキーやら女王ペナントを売りつけ、前国王と前王太子が幻術を使った没入型英雄譚体感魔法やら、魔法特殊効果モリモリの新世代型演劇やら、名神前試合を各地の闘技場で見られる立体音響機能つき3D上映魔法などといった商売を始めて、引くほどぼろ儲けし国庫を潤しはじめた頃。
そろそろ神前試合のために呼んだ勇者を、元の世界へ送り返す時期なのでは、という話が議会へと上がったのだった。
マリアは最初にこの話を聞いた時、ぽかんといつもの間抜けヅラを晒してしまった。
リョウがここしばらくずっとそばにいて、神前試合後もなんだかんだと手伝いをしてくれていたため、王国民ではなくお客さんなのだという意識が希薄になっていたのだ。
王国としては、最強チームの一員であるリョウがこのまま王国で暮らしてくれても全く問題ないのだが、彼女にも元の世界での生活や人間関係などがあるだろう。
王国議会と女王から元の世界へ帰るかどうかの意思確認をされ、リョウはあっさりと頷いた。
リョウの元の世界への帰還魔法を行うその日。
王城内はどこか落ち着かない空気が漂っていた。
王国の恩人たるリョウのために前日は盛大な宴が催され、高価な宝飾品や美しいドレスを贈られたリョウは、来る時とは違ってお土産まみれになった魔方陣の真ん中に立っている。
この中でこの人が一番偉いんですと言われたら誰もが信じるような、まったくもって堂々とした立ち姿のリョウに、いまだに小動物感が抜けないマリアはおずおずと話しかけた。
「リョウさま、お忘れ物はございませんか?」
「無いわ」
「えっと、やり残したことなども……」
「あのドラゴンフェチがどこまで伸びているかはちょっと気になるけれど、やり残したと言うほどでもないわね」
「じゃあ、あの、何か食べたい物とか……」
「晩餐会で死ぬほど美食を勧められたわよ。
まったくもう。昨日あれだけボロ泣きして盛大に別れの挨拶をしたっていうのに、まだ引き留める気?」
「うう……」
その通り引き留める気だったマリアは、しょんぼりと肩を落とした。
そんな気弱な女王に、女王様じみた勇者は仁王立ちでため息をつく。
「しょうのない子ね。これが今生の別れというわけでもないでしょう。なにをそんなにグズグズしているのかしら」
「で、でも」
「……あなたは最初に見込んだ通り、誰よりも素晴らしい逸材だったわ。最強の女王、最強の戦士。どこにだって胸を張って言える。あなたこそが、私が鍛え上げた中で最高の存在よ」
慈母のように穏やかな笑顔を浮かべたリョウにそう言われ、マリアはぎゅっと両手を握り締める。
うっかり泣きごとを言ってしまわないよう唇を引き結び、強くて弱い女王は、潤んでしまった目を見られないよう俯いた。
「そんなひとが人ひとり見送る程度のことで、情けなくうじうじしているなんてこと、ないわよね?」
「……はい」
「そう。じゃあ、なにをすれば良いのか、わかっているでしょう?」
「わ、わかります。だいじょうぶです」
震えそうになる声を一生懸命に頑張って抑え、マリアはこくこくと頷きながら返事をした。
隣に控えていた魔術師から水晶で出来たナイフを受け取り、少しためらった後、マリアは指に小さな傷をつける。
滲んだ血がぽつりと滴り、リョウを囲む魔法陣の上に落ちた。
舞い上がる青白い光が、リョウの艶やかな黒髪をふわりと揺蕩わせる。
美しい魔法の光に包まれる勇者の姿を、マリアは泣くのを堪えながら、真っ直ぐに見つめた。
必死過ぎてちょっとしわしわな情けない顔になっているマリアに、リョウはくすりと楽しそうに笑う。
そうして、彼女は一言だけの別れの挨拶をした。
「またね」
落ち着いた、けれどよく通る声だけを残して、リョウは眩い光の中へ溶けていく。
それが消える頃には、魔法陣の上には山盛りのお土産も、強く美しい勇者も、影も形もなくなっていた。
魔力切れで倒れた召喚の儀のときとは違い、修行によって増した魔力のお陰で、目眩はするが倒れることはなく、マリアはしっかりとその場に立っている。
ほんの数秒前と違って随分すっきりしてしまった魔法陣の上を見るマリアの目に、じわりと涙が浮かんだ。
あの日この場所で勇者を呼んだとき、マリアはまさか自分が神前試合に出るだなんて、思ってもみなかった。
無人島に連れ出されて大型モンスターと闘うなんて、急に帝王と練習試合をさせられるなんて、異国で違法な賭け試合をハシゴさせられたり、道場破りをさせられたり、いろいろな思いもよらない戦いをさせられるなんて、思ってもみなかった。
遠い遠い存在だと思っていた帝王に勝って、そのうえ友達になるなんて。
自分がこんなに強くなれるなんて、これっぽっちも、思ってもみなかったのだ。
過ぎ去っていった騒がしい日々の思い出と、大切な友人が残してくれた大きな宝物を胸に、マリアはぽろぽろと涙をこぼした。
まだまだお礼が言い足りなくて、けれど何を言っても伝わらない気がして、マリアは本当は、全然大丈夫なんかじゃない。
溢れる涙をそばにいたトエットがハンカチで拭ってくれる。それで余計に涙が溢れてしまう。
そんなマリアをいたわるように、トエットは静かに声をかけた。
「陛下、そんなに泣かなくても」
「で、でも、だって寂しくて。もっとお礼をしたかったし、あ、遊んだりとかも、したかったのに」
「いや、うん。でもなんて言うかですね」
べそべそと泣くマリアに、トエットが言い淀みながら何事かを告げようとした、その時。
魔法陣が再び眩い光を放った。
「えっ」
予想外の事態に思わず涙をひっこめたマリアの目の前で、再起動した魔法陣の真ん中に、光を纏った人影が現れる。
発光がおさまるにつれはっきり見えるようになった、召喚されし勇者は、言うまでもなくリョウその人だった。
「やっぱり。こちらから魔法で干渉できるなら、そもそもあちらの世界にも知られていないだけで魔力も魔法もあると踏んではいたけれど、その通りだったわ。召喚魔法を基底にした世界間転移魔法の実証実験は成功ね。
問題は魔力消費量が多いことかしら……。目眩が酷いわ。それに、あちらでは武器生成魔法の威力がこちらの世界より落ちてしまうから、そこもちょっと不満」
「いや結界魔法もない世界であんな魔法ぶっ放さないでくださいよ」
何事もなかったかのように話し始めるリョウとトエットを、マリアはぽかんと見つめる。
周囲を見回せば、同席した魔導士や前国王や大臣たちが、自分へ生暖かい視線を向けているではないか。
マリアが薄々事態を察し、再びチームメイトたちのほうへ顔を向けると、かわいそうなものを見るトエットと、愉快なものを見るリョウと目が合った。
ぷるぷると震える指先でリョウを指さし、マリアは顔を真っ赤にしながら口を開く。
「だっ、だま、だましっ」
「あら、どうしたの?」
「騙したんですか!?」
「人聞きが悪いわね」
「だって、あんなに、あの、ええっ!?」
「ちゃんと、またねって言ったでしょうに」
「言ってましたけどお!!!!!!!!!!」
マリアのやりきれない大声が神殿内に響いた。
安堵と嬉しさと怒りで情緒をめちゃくちゃにされた可哀想な女王は咽び泣き、不憫がってはいるがドッキリに乗っかった裏切り者のメイドの手で、再び雑に涙を拭われる。
どうにもドラマチックさに欠けた格好のつかない涙は、それでも先程流した涙よりは断然マシに思えて、それがまた癪に障るというかなんというか。
怒っているんだか楽しいんだかもわからないまま、マリアはリョウにどしんと体当たりするような勢いで抱き着いた。
涙で服をべしゃべしゃにされても、リョウは笑ってマリアの背中をぽんぽん叩いてやるだけで、引き剥がしたりはしない。
だからマリアは酷い目に遭わされたのに、リョウはやっぱり優しいんじゃないかと思ってしまうのだ。
これはマリアがちょろいというよりは、リョウがマリアの性格を完全に理解し、うまいことやっていると言ったほうが正確だろう。
マリアの泣き声とリョウの笑い声が響く中、神殿内には晴れた空から、穏やかな日差しが降り注いでいた。
――こうして強く賢くドSな勇者を呼んだ女王は、これからも楽しく遊ばれながら、騒がしい日々を幸せに過ごしていくのでした。
めでたしめでたし。
信じて呼んだ勇者がドS 石蕗石 @tuwabukiishi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます