第3話 ばっかね
どうやら右足を骨折したらしい。
全く動かない。なんてザマだ。こんなんじゃ、役に立つどころか彼女のパシリさえ満足に出来ないぞ。つくづくマヌケだなと自嘲気味に吐き捨てると、
「あっ! いたいた」
南の空からラメンが箒にのってひゅーんと飛んできた。
「ラメン……。なんで、ここが……?」
「だって、伝書蝙蝠が『マタヤラカシタ、マタヤラカシタ』ってうるさいんだもん」
どうやら各地に放っている彼らが俺のピンチを知らせてくれたらしい。
「全く、ほんと馬っ鹿ね。なんでこんなところにいるのよ」
「こ、これ」
握りしめたコウミ草を彼女に見せる。きっと、彼女は喜んでくれる。そう思ったのだが、なにそれって顔をされた。
「いや、これさえあれば究極の味が出来るんだぞ。知らないのかよ」
「いやいや、知ってるし。コウミ草でしょ?」
「へ?」
「これをすり潰した調味料がパン屋の隣の薬屋で売ってるよ。あんたに買ってきてもらおうと思ってたところ」
その返しに唖然となる。なんだよ、初めから言えよ。わざわざ原材料を取りにこんな危険な場所まで来るんじゃなかった。後悔先に立たずとは正にこのこと。
ラメンは「ぷっ」と噴き出すと、折れた右足に手をかざす。今からリカバーと呼ばれる上級魔法を唱えようとしている。
「いや、やめてくれ。そんなの使ったら、お前の魔力が減っちゃうだろ」
「じゃあ、なによ。ほっといていいの」
「いや……、俺のドジでお前の魔力を減らして欲しくないんだ」
俺は知ってる。
何で、お前が頑なに魔法を使わないのか。
さっき、シスターから教えてもらったぞ。
魔力というものには限りがある。人それぞれ一生のうちに使える量というものが決まってるらしい。だから、一度使った魔力は寝ても食べても回復することはなく、詠唱したぶんだけ減るのみである。
ラメンは蓄えた魔力である究極魔法を唱えようとしている。
その名は――「一度きりの復活」
死者を完全な状態のまま一日だけ蘇らせる究極の魔法だ。これは一部の偉大な魔女しか習得していない。しかも、生命の原理に反することを行うため、多大な魔力を消費する。余りの消費量にこれ以外の魔法は唱えられないとさえ言われている。
ラメンはこの魔法で、亡くなった両親を復活させようとしている。
一人でも莫大な魔力を消費するのに、二人もだ。両親が好きだったラーメンを振舞うために。開店に合わせて一日だけの幸せを得るために。それだけを夢見て、王立魔法学院で究極魔法を学び、魔力を蓄えた。テンプテーションに頼らずにラーメン屋を開店しようとしていたのだ。
「だから――お前の夢を壊したくない」
涙ながらの俺の懇願に、暫し時が止まる。
そして、またしてもラメンは「ぷっ」と噴き出した。
「馬っ鹿ね。そんな魔法は唱えないよ」
「い、いや、強がるなよ」
「強がってなんかないよ。わたしはね、単純に自分の力だけでやっていきたいの。魔法使ってズルしている店なんかに負けたくないだけよ」
その言葉を最後に、彼女は深く息を吸い込み、詠唱を開始する。
温かな光が折れた右足を包み込む。
「まだ納得できる味には届かないから、当分あんたに出せるのはインスタント麺だね。美味しいから好きでしょ?」
彼女は俺を見下ろして、にひひと微笑む。
その直後、ぽつりとしょっぱいものが唇に落ちた。
その味に、その感情に、俺ははっとする。
「これを隠し味にすれば!」
「あんた、ほんと馬っ鹿ね」
にひひ。
了
魔女のラーメンいかがですか? 小林勤務 @kobayashikinmu
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