第2話 なおさら

「ラメンは元気でやっていますか?」


 ラメンの依頼に応えてマーケットまで食材を調達にいくと、シスターマゴニタに呼び止められた。彼女はラメンが暮らしていた修道院のシスターをしている、いわば母親代わりとも言える存在だ。


「まあ、ぼちぼちですかね。肝心の味付けで試行錯誤を繰り返してますよ」

 シスターマゴニタは心配そうにこちらを見つめる。その理由は分かってる。だから、先手を打ってこうも付け加えた。

「安心して下さい。俺も出来る限りの協力はするんで。今、こうして買い出しも手伝ってますから」どんと胸を叩く。

「そう、ならよかった。あなたがラメンのパシリになっているなら安心ね」

 うーむ、不本意なネーミングだが仕方ない。シスター曰く、パシリというのは伝説の魔女パッシに仕えた騎士を表す意味として、大変高貴な呼び名だと言う。無学な俺はほんとかよと眉唾もので、妙に引っかかる。まあ、それはいいとして、偶然ここで会ったのも何かの縁だし、それとなくラメンのことを訊いてみた。


 それは――。


 何で、ラメンはせっかく取得した魔法を使わないのか、だ。


 魔法は万能ではないが、上級魔法は様々な種類があるのも事実。それこそ相手を魅了する「テンプテーション」なんかもあり、人気店の料理人は味付けに必ずこれを詠唱している。そのため、料理人は魔法使いが就く職業と相場が決まっているほどだ。


 だからこそ、なぜ。


 実力だけで勝負したいという気持ちがあるにせよ、この国の一番店を目指すなら、使わない手はないはずだ。彼女は全ての上級魔法を習得しているのだし。

 だが、シスターマゴニタからその答えを聞かされた時、己の考えがいかに浅かったのかを痛感した。シスターは静かに、そして慈悲深く、ラメンが抱えてきた想いを俺に告げた。


 なんで、魔法を使わないのか。


 その事実はこの胸を揺さぶった――。


 ラメンと出会った時を思い出す。俺の家はラメンが暮らしていた修道院に食材や生活物資を運ぶ運搬業をしていた。その関係もあって小さい頃からあの修道院に出入りしており、新しく施設に入ったラメンを見て一目惚れをしてしまった。彼女にカッコいいところを見せようと、獰猛な獣が跋扈する西の洞窟の最奥に咲く、ウツクシ草を取って渡そうと決めた。だが、案の定、狼の群れに取り囲まれて進退窮まる。天に祈りを込めて目を閉じると、突如として炎の嵐が吹き荒れ、あっという間に狼を追い払った。


「馬っ鹿ね、かっこつけちゃって」


 俺はその時から、彼女のために何でもしようと心に誓った。


 だから、尚更。


 ラメンがずっと胸に秘めた想いを聞かされた時、彼女に尽くすと決めた過去の誓いを新たにしたのだが、またしてもドジを踏んでしまった。

 彼女に内緒であるものを採取して、プレゼントしてあげようと北の断崖に向かった。それは、ラーメンの味付けの要となる伝説のコウミ草だ。この草さえあれば、魔法なんて使わなくても究極の味ができる。

 そう思ったのだが、結果としてこのザマとなる。


 コウミ草を採取できたはいいのだが、足を滑らせて崖から落ちてしまった。

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