第18話 研究費
アダマース研究室の予算は想像を絶するものであった。
まずは収入。
大学から自動的に割り振られる校費と呼ばれる研究費が年間約50万リブラ。
もし外部資金がない場合は、すべての研究活動をこれで乗り切る必要がある。
アダマース先生は他大学の先生が研究代表を務めるプロジェクトに研究分担者として参画することで、これに加えて年間約100万リブラを確保している。魔研費の基盤Bという種目。ただし、これは今年度で終わるプロジェクトだ。
アダマース先生は魔研費の基盤Aという種目の4年プロジェクトの研究代表者であったが、これは昨年度が4年目。ちょうど終わってしまった。基盤Aでは年間約700万リブラもの研究費を確保していたのに。
そして、先生は再び基盤Aに挑戦したものの、不採択となってしまった。
この基盤Aやら基盤Bという研究種目の採択率は3割弱。
つまり、国内にある7割以上の研究室は研究計画書を提出したものの、不採択になったということだ。同じように今月からの研究費確保に頭を抱えている研究室が半数以上ある、といったところだろう。
これに加え、昨年度は工房からの委託研究で300万リブラの収入がった。これは単発なので、今年度もあるかどうかは不明とのこと。
つまり、昨年度は合計1150万だった収入が、今年度は大学からの校費50万と基盤Bの分担による100万の、計150万に激減するのだ。
そして、今度は支出。
まずは
そして、魔石はなんと私の下宿代より高く、1個あたり3万リブラ。1週間で1個消費することもあったが、これがそんなに高価なものだったとは……。
軽く計算するだけでも、私は魔石と
真面目に実験しまくる学生と言うのは、本当は金食い虫でもあるんだ……。
それにしても、魔研費などの外部資金のない研究室はどうやって実験しているんだろう?
そんな状態で研究できるのだろうか? 心配になる。
最近、我が国からの論文発表数が減っていると聞くが、このような状態なら当然だろう。
そして、最も額が大きいのは人件費。マリさんの給与。これが500万リブラ弱である。
予算に占める割合は高いが、30歳前後の博士号を持った社会人の給与が500万リブラ以下とは安すぎる。修士卒でも30歳になれば余裕で年収500万リブラは超えるだろう。それに、
実質的には学部新卒相当の待遇で、1年契約。
もし私が無事に博士号を取得できたとしても、しばらく節約生活が続くな……。
そこから奨学金の返済もしないといけないし。
私は先生から預かった予算書を閉じ、大きなため息をついた。
そして、他の学生に予算書が見つからないよう机の中にしまっておこうと、引き出しを開けた。
まだ4月3日の朝。他に学生が来る可能性は低いが、目につく場所に置くのは良くないだろう。
すると、引き出しの中に見慣れない
……ん? なんだこれは?
手に取ると、『引継書』との文字が見えた。しかも、これはマリさんの字!?
焦る気持ちで
例えば『消耗品発注の仕方』には、『クズネッツ商会は最初は安価で購入できるが、徐々に単価を上げてくるので要注意。ただし大量購入時には割引をしてくれるので交渉の余地あり』など、細かな情報までメモ書きされている。
また、『備品一覧』には『
備品に対しては抜き打ちで適切に管理されているかチェックされることがある。
そのため、壊れたからといって備品を勝手に捨てることもできない。ただ情報管理ができていないと、捨てたいときに本当に捨てていいのかわからなくなってしまう。このような情報管理は面倒であるが非常に重要だ。
そして、小さな付箋があることに気づいた。
『カイくんへ きちんと挨拶できなくてゴメンね。ちゃんと引き継ぎしたかったのだけど、これで勘弁してください。これから研究者目指してがんばってネ! マリより』
!!!
……マリさんは私たちの研究室のために本当に細かいところまで気を使ってくれていたんだ――。
立つ鳥跡を濁さず、といったところだろうか。研究室の予算の都合で突然終わってしまった契約なのに。まだマリさんと別れて2週間程度なのに、もう何年も会っていないように恋しく感じられた。
……ん? 恋しく?
いやいや、恋愛感情ではない。
マリさんは好きだ。でも、いわゆる恋愛感情ではない、と思う。
ある種アイドルを見るような、自分にとって高嶺の花のようなものだ。
きっと、思春期の男の子が大人の女性にあこがれるアレときっと同じ。
まあ、大学院生にもなって思春期というのもどうかだが。
とにかく、冷静にならないと。
変な気を起こしてマリさんとの関係を壊してしまってはいけない。
同じ分野の研究者としてこれから長く付き合うことになるのだ。
大学は違えど、引き続き先輩と後輩の関係を大切にしていこう。
そうだな、まずは手紙を書こう。どの研究室に所属しているかわからないが、先生という立場ならキュウ大に送ればきっと届くだろう。
何枚か書き損じの紙を作りつつ、私は詳細な引継書を作成してくれたお礼、そしてこれまでの指導のお礼をできる限り簡潔に手紙に書いた。あまり感情的になると変な手紙になりそうだし。
ちなみに手紙は全国どこでも数日で届く。
ただその拠点からは手作業で配達されるため、数日かかるのが普通だ。
私はなぜか落ち着かないので、研究室をいつもより早く後にし、手紙を出すことにした。
無事に届くといいな。
返信は期待していないが、もしきたらどんな返信だろうか……いろいろ妄想しているうちに一日が終わってしまった。
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研究者同士の恋愛って難しいですよね。同じ分野でずっと顔を合わすことになるわけで。
さて、次回は他大学からの大学院進学生、いわゆる、“学歴ロンダリング”とも揶揄されるものについてです。
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