第14話 学生破壊者


 魔材学会研究発表会2日目。


 昨日同様、まずは研究室のメンバーで集まり、先生の朝の挨拶から始まった。2日目なので、簡単な挨拶だけだ。出席確認のようなものかな。もし今日の発表者が寝坊などしていたら一大事だし。


 さて、今日はユリシカくんの研究発表。

 私も共同発表者なので、彼が発表する『混合魔材』のセッションに参加する。

 この会場には既に数十人が聴衆として集まっていて、注目度の高さがうかがわれる。

 私はユリシカくんにこのセッションの座長に挨拶をするよう促した。そして、お手伝いしている学生スタッフと共に発表手順などを一緒に確認する。


 座長は当該セッションの発表者が会場にきちんと来ているか不安なので、発表者は事前に座長に挨拶をするのが慣例だ。そして、円滑な登壇者の交代のため、事前に発表手順を確認しておくことが望ましい。


 彼の研究はモグナイト金属とルリミニウム金属を溶解させ、その魔材としての性能を評価するというもの。混合させる比率や、冷却速度などにより混合魔材の性質は異なるため、実験条件は非常に多岐にわたる。


 今回は混合比率を変化させ、氷系魔法への耐久力を評価した研究としている。

 研究内容としては一般的なものであるが、もしかしたら軽くて強い魔材ができるかもしれない、ということで挑戦した研究である。モグナイト金属は土系、ルリミニウム金属は氷系の魔材であるため、異なる系統の魔材を混合すると想定外の特性が出ることがある。


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 そして、ユリシカくんの発表の順番がきた。座長が案内をする。


「……ええと、次はセンカディン大学のユリシカ・ラピスさんの発表ですね。タイトルは『モグナイト金属とルリミニウム金属の混合魔材への氷系魔法付与による破壊現象』です。では、発表をお願いします」


 「ご紹介がありがとうございます。センカディン大学のユリシカ・ラピスです。本発表では……」


 順調に発表が始まった。

 彼にとって初めての学会発表であるが、ゼミのディスカッションで鍛えられているだけあって、問題なく進んでいる。自分がまだ修士1年M1だった昨年の口頭発表を思い出すと、彼の発表はとても上手だ。安心して見ていられる。


 『背景と目的』『方法』『結果』『考察』『結論』と順調に進み、

 「―—以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」

 と、お約束の言葉で発表を締めた。


 ほぼ時間通りだ。思わずガッツポーズをしたくなるほど上手なプレゼンだった。

 これは質疑応答を上手に対応したら学生優秀発表賞も狙えるんじゃないか?


「では、今の発表に対して質問等ある方は挙手をお願いします」

 座長が質問を促す。


 あとはこの質疑応答だ。落ち着いて対応しろ! と心の中でエールを送る。


 早速、会場の前方で老研究者が手を上げたのが見えた。

 座長は挙手をした老研究者に質問を促す。


 そして、老研究者は立ち上がり、いきなり怒鳴り声のような大きな声で質問をはじめた。


「キミの発表はなんなんだね? それは研究かね? キミの研究とやらは素材に負荷を与えて破断するまでの回数を数えて、それを図にして線を引くだけ。そんなのはやり方をアルバイトにでも教えてあげれば、誰でもできる話だ。こんな発表をして恥ずかしくないのかね?」


 ……会場の雰囲気が凍った。


 ユリシカくんも固まっている。


 研究を全否定するような質問は初めてだ。これまで私も含め、何年も研究室でデータ収集し、解析してきた活動をすべて否定されたみたいだ。頭に血が上るのを感じる。ユリシカくんは単にデータ収集しただけでなく、考察も含めてしっかり発表している。そもそも、この素材でこのようなデータを得るのは初めてである。


 しかし、私もその発言者をにらむ程度で、それ以上のことができない。こちらは一学生。相手はどこかの偉い先生かもしれない。変なことを言ってアダマース先生に迷惑をかけられない。それに実験そのものがアルバイトにできないかと言われれば、確かに教えればできるかもしれない。そこが余計に腹が立つ。


 回答が期待できないと思ったのだろうか。

 その老研究者は続けた。


「そもそも、魔物との実戦では連続して攻撃を受けるから、常温に戻る余裕なんてない。魔法による負荷は連続して与えるべきだ。こんな実験方法では意味のある結果が出るわけがない。明らかに時間と研究費の無駄だ。いや、このデータを見た人はまだ魔材が壊れないと誤解してしまうから、このデータが原因で犠牲者が出るかもしれない。有害としか言えない。まあ、キミが今回実験対象とした魔材なんて誰も使わないだろうがね。で、その点はどう思うのかね?」


 ……いや、どう思うって聞かれたって――。



 相変わらず私は何もできない。

 ユリシカくんは立っているのが精一杯という状況で、視線が定まっていない。

 そりゃそうだ、質問と言いつつ質問になっていない。単なるいちゃもんじゃないか、それ。



 と、そのとき

「座長、共同発表者のアダマースです。よろしいでしょうか?」

 と、会場にいるアダマース先生の声が聞こえた。


「どうぞ」

 座長は発言を許可した。


「ご意見ありがとうございました。ただ、本研究については新たな特性を持つ混合魔材ができないか検討した結果であり、このようなデータを共有するだけでも価値があるものだと思っています。また、各魔力負荷の間に常温に戻すのは、魔材の基礎データを収集するという基本に則ったからです。他の条件下における破壊現象も、このような基礎データさえあれば一定の精度で推計できることが知られています」


 アダマース先生は発言を続ける。


「さらに、本発表では本実験結果と既存理論との差異について新たな解釈を示しており、魔材特性を理解するうえでも価値ある発表だと思っています。引き続き、我々は有用な魔材開発を目指して研究を進めてまいります」


 アダマース先生は極めて冷静に回答した。

 質問者本人に回答したというより、周りの聴衆に対して説明したみたいだ。

 丁寧な口調になっているが、『基礎データさえあれば一定の精度で推計できることが知られています』というのは『こんな基本的なことすら知らないの?』とも言ってるようだし、『引き続き、我々は有用な魔材開発を目指して研究を進めてまいります』と言っているあたりは、『お前の言うことなんて聞くか!』といった主張をしているようにも聞こえる。


 「しかし、そうは言っても――」

 老研究者は引き続き大声で何か言い始めたが、


「ご質問・ご回答ありがとうございました。では時間になりましたので、次の発表に移ります。貴重で有意義なご発表、本当にありがとうございました。では、次の登壇者の方、どうぞ」


 と座長が宣言し、無理やり質疑応答を終わらせた。


 そして、次の登壇者が前に出てきた。


 しかし、ユリシカくんは微動だにせず突っ立っている。たぶん座長の声が頭に入ってきていないのだろう。


 私は急いで前へ行き、ユリシカくんを廊下に連れ出した。

 次の発表は私の研究テーマにも関係するため聴講しなければならない。

 しかし、今はユリシカくんのことだ。


 ……何と声を掛けたらいいのだろうか。

 ユリシカくんは廊下でも呆然と立っているだけだ。


 私はそっと彼を抱きしめ、

「……お疲れ様。がんばったね」

 と声をかけた。

 と、突然我に返ったのか、ユリシカくんから嗚咽が聞こえてきた。


「……カイさん、……すみ……ません……でした……な……何も……言えませんでした……すごく……く……悔しいです……」


 「いや、よくがんばったよ。学生優秀発表賞をもらってもおかしくない良い発表だったよ」

 これは本当だ。普通の質問だったらきっと普通に回答して、受賞していただろう。

 

 しかし、ユリシカくんは肩を震わせ、力なく嗚咽を漏らすだけだ。

 もし私があのような質問を受けたら、ユリシカくんと同じように打ちのめされるだろう。


「……共同発表者として、何もできなくてごめんな」

 私は彼に謝った。


「……いえ、……いいんです。……と……登壇……したら……発表者の……せ……責任……ですから……」

 彼は一人で背負い込もうとしている。


 すると、隣にマリさんがいることに気づいた。彼女も会場を抜け出してきたようだ。


 そして、

「よくがんばりましたっ!」

 と私たち二人の背中をバンバンと勢いよく叩いた。いや、私は聞いていただけで何もしてないのだけど。


「残念だったね。あの人、学生破壊者クラッシャーとして有名な人なの。特に気に入らない先生の学生に目を付けて、あんな質問をするんだよね。今回はユリシカくんがあたっちゃったね」


 ……っえ? 有名な人なの? 学生破壊者クラッシャー


「最近はアカデミックハラスメントアカハラとか言って、学生に対してひどい言葉は使っちゃだめでしょ。だから大学の先生はあまりひどい言葉を使わないようになってきたんだよね。でも研究所にいる人とか、年配の人は無頓着な人がまだいて、学会でキツイ質問するんだよね。で、そんな質問に慣れてない学生がびっくりするんだよね」


「……でも、あれを“質問”というのはちょっと……」


「そうだよね、あれは“質問”じゃないよね。でも昔はあんなの普通にあったから、学生の側も最初はつらいけど、だんだん慣れて受け流す方法を学んでいくんだよね」


「じゃあ、マリさんもあんな質問を受けたことあるんですか?」


「そりゃあるよー。『あんたの研究は意味がない。女はセンスがないから早く結婚して研究からは足を洗えっ!』とかね。今じゃアカハラとセクハラのセットだよね」


「……学会ってそんなところなんですか?」

 こんな業界に入っていいのか、私は心配になってきた。


「いやいや、こんなのは稀。もうほとんどない。昔の話。だから今回のユリシカくんのは本当に運が悪いとしか言えない。交通事故のようなもんね。たぶん、後で学会の偉い人が『またあの人がやらかしたか~』って言いながら、あの人に注意しに行くんじゃないかな。会場の人もユリシカくんの発表の良さ、よくわかってるよ。大丈夫大丈夫!」


 マリさんは本当にやさしい。私はマリさんに慰められ、少し元気が出てきた。

 でも登壇したユリシカくんはまだ打ちひしがれている。



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 しばらくすると、ぞろぞろ廊下に人が出てきた。

 どうやら休憩時間のようだ。


 すると

「お疲れ様でした。良い発表でしたよ」

 と、知らない研究者が声をかけてきた。あ、いや、さきほどのセッションの座長だ。


「あの先生を止めるのが遅くなってごめんね。ユリシカくんだったかな、発表良かったよ。これに懲りずにまた来年、ぜひ発表してね」


 「……はい、あ……ありがとう……ございます」


 なんとかユリシカくんが返事した。

 よくがんばった!!!

 私は再びユリシカくんを強く抱きしめた。



《現在の業績》

 国内学会発表:4件(うち、筆頭3件)

 査読付き論文:0(投稿中1件)




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 ここまではないにしろ、研究そのものを否定する“質問”をされて、茫然自失となったり、泣いてしまう学生はたまに見かけます。健全な批判はあってしかるべきですが、立場が上の人が圧迫面接のように質問するのは良くないですよね。



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