第13話 学会懇親会と同期の仲間

 1日目の研究発表プログラムがすべて終了した。

 私はいくつか質問をし、何人かの他大学学生と知り合いになることができた。


 会場を出るとすでに夕暮れになっている。そういえば今日はほとんど室内にこもりっきりだったことに気づいた。

 私たち研究室のメンバーは再び集合し、今日の感想を言い合う。


 今日発表が終了したメンバーは自然と顔がほころんでいるような気がする。たぶん、私もだ。ただ、明日も質問をするという大仕事が残っている。気を引き締めないと。

 あ、そういえばユリシカくんの発表が明日だった。共同発表者になっているから、忘れてはいけない。危ない危ない。


 全員が集まるとアダマース先生が簡単な慰労の挨拶をした。

 これで今日は解散だ。まだ明日もある。


 しかし、私は一つ気になることがあった。

 今日は学会公式の懇親会がこのあと開催されるのだ。


 これまで懇親会には参加したことはない。懇親会の参加費は5000リブラ。懇親会費は研究費で支出できないので、自腹である。あまりお金に余裕がない身としては、5000リブラでも惜しい。しかし、人脈づくりのためには参加すべきなのかもしれない。


 アダマース先生は今まで研究者として生き残るために様々な『やるべきこと』をアドバイスしてくれた。懇親会に参加して人脈づくりをすべきだと言われるような気がした。


 私はおそるおそる先生に聞いてみた。

「先生、懇親会がこのあと開催されますが、参加した方がよろしいでしょうか?」


 しかし、先生の答えは意外なものだった。

「ああ、そういえば懇親会がありましたね。友人と会いたいとか、参加したければ参加したらいいでしょう。でも変な気を使って参加する必要はないですよ」


 「……でも、懇親会は人脈作りに有効だと聞いたことがありますが……」


 私は率直に聞いてみた。

 「学生の参加者が多いと意味があるのですが、残念ながらこの学会ではほとんど先生ばかりが参加しています。なので、知らない先生とお話をすることになります。その中で、先生方へお酒を注いで回って、へりくだってお話をし、それが人脈作りに有効だと思いますか? せいぜい便利そうな学生がいるな、程度の認識をされるだけですよ。お酒も飲んでますし、忘れられる可能性も高いです。そんなことをしても、あなたのアカデミックな意味での評価はあがりません。もちろんそういうのが好きならば否定しませんよ。参加したらいいと思います。ですが、そんな目的で懇親会に参加する必要はありません」


 そうだ、そんなことは好きではない。そんな陽キャになれないからこそ、私はこの道を選んだのだ。陰キャが陰キャとして正々堂々できる職業、それが研究者だ。


 そんな自分の決意を再確認している間に、先生は話を続けた。

「人脈づくりであれば、今日はしっかり学会中に質問をしてがんばったじゃないですか。あれで何人かとは個別に話ができたでしょう。それに、直接話をしていなくても、会場のいた人はカイさんが何度も質問している姿をみています。あなたの名前を覚えた人も多くいるでしょう。あれだけ適切な質問をすれば大丈夫ですよ、人脈作りは順調に進んでいます」


 先生は私の不安を見透かしたうえで、その不安を払拭してくれた。


 「わかりました。では今日の懇親会は不参加とします。ありがとうございました!」


 先生との話が終わると、研究室のメンバーはすでに解散しているため、もう姿はない。

 しかし、同じ修士2年M2のランスとタイティだけがまだ残っていた。


 「よう、お疲れさん」

 ランスが声をかけてくれる。

 

 どうやらランスとタイティは私を待ってくれていたようだ。

 タイティとは普段それほど付き合いがあるわけではないが、同じ研究室で学部4年B4から3年間一緒に過ごしてきた同期だ。貴族の出だけあって、プライドが高い。ちょっと苦手だ。ただいろいろあったようで、今は庶民になっている。研究室では魔材理論チーム所属である。


 ランスが

 「学会が終わったら俺らもバラバラだし、今日は久しぶり3人で呑もうぜ!」

 と俺の肩に腕を回してきた。


 タイティも小さくうなずいている。


 そういえば、ランスもタイティも、そして私も偶然にも発表は今日終わっている。

 研究室の他のメンバーを誘って呑みに行くのは気が引けるが、この3人ならいいだろう。


「そうだな、発表も終わったことだし、今日は呑もうか!」

 私はその誘いに乗ることにした。


 ただ、本当はお金がない。王都トオヴェルロの飲み屋はいかにも高そうだ。

 そんな心配をしかけたところ、ランスは


「よし、じゃあ早速商店で蒸留酒とメシを買って宿に戻ろうぜ!」


 と、私の心配を見透かしたようにすばらしい提案をしてくれた。

 ランス、ナイス提案だ!

 部屋呑みとなると安くすむ。


 しかし、タイティは

「部屋呑みですか……。せっかくトオヴェルロに来たのですから、どこかレストランでもどうですか?」


 と空気を読まない提案をしてくる。普段の学食ですら高いと思っている私にとって、レストランなんて別世界だ。そんなブルジョアが行くとこには縁がない。

 ただ、私が裕福でないことぐらい知っているはずだ。私は素直に言う。


「ちょっとタイティ、勘弁してくれよ。レストランに入ったら一週間分の食費がなくなるよ。最後ぐらい学生らしく部屋呑みにしようぜ」


 私が言うと、ランスも助け船を出してくれる。

「部屋呑みの方が気楽でいいぜ。それともレストランでおごってくれるの?」

 ……ランス、やはりお前は心の友だ。


「わかりました。今日は部屋呑みとしましょう。でもせっかくですから、トオヴェルロらしいものでも買っていきましょう」


 タイティも諦めてくれたようだ。


 そして、私たちは商店で買い物をし、部屋に戻った。会計はもちろん割り勘である。

 ただ、タイティは『私なりの感謝の気持ちです』といってちょっと高級な蒸留酒を別に買ってくれた。

 育ちが違いすぎて付き合いにくいが、根は良いヤツである。


 そして、あまり隣の部屋に迷惑にならないよう、小さな声で私たちの小さな宴会が始まった。


 コップに蒸留酒を注ぎ、ちびちびと呑む。

 アルコール度数の高い液体が喉を通り、今日の緊張を解いてくれる。


 一通り思い出話をすると、自然と話題は将来の話になる。


「で、タイティは春から何するの?コロモイト工房に就職だっけ?」

 相変わらずランスは直球だ。


「そうですね、コロモイト工房で魔動車の設計開発をする予定です」


 魔動車を作る工房はいくつかあるが、コロモイト工房は技術力に定評のある有名工房である。就職先として非常に人気が高い。昔ながらの馬車に魔石の魔力を用いる動力機構パワートレインを加えた混合魔動ハイブリッド車を作るなど、注目の工房である。

 これなら片方の動力源に問題が発生しても走行を継続できる。


 ランスはどんどん聞く。

「となると、メイガルノに引っ越し?」

 コロモイト工房はいくつも生産拠点を持つが、本拠地はこの国の中央部にある都市、メイガルノの近くである。設計開発もそこで行われている。


「そうですね。学会が終わったら急いで引っ越しです」


「そっかー、それは大変だけど、花形の仕事で楽しそうだな。おめでとう!」

 私は素直に祝福した。セン大の魔材学専攻の修士となると基本的に就職は良い。しかし、コロモイト工房の設計開発部門となるとその中でも特に良い部類だろう。


「いえ、実は私、設計開発よりも製造現場に行きたいのです。今までずっと魔材理論を研究してきましたが、現場ほど大事なものはないと最近思ってきたのです。工房にも現場への配属希望と伝えているのですが、それが通じるかまだ分からなくて……」


 ええっ! 普通は研究や設計開発を希望する学生が多いのに。

 意外なことにタイティは現場希望であった。


「そうなんだ。じゃあ工房がそれを理解してくれるといいな」


「その通りです」

 タイティからは強い決意が伝わってきた。そして、彼は話題を変えた。


「ところで、ランスさんはフタツ製作工房だったでしょうか?」

 

「そう。引き続き魔材合成の研究させてもらう予定だ。実は中央研究所に配属されることになった」

 といってニヤッと笑った。ドヤ顔だ。

 フタツ製作工房は魔石の採掘から魔材の合成、そして魔道具の製造まで手掛ける多業種複合企業コングロマリットである。中央研究所は博士号を持つ研究者を多く集めており、基礎研究にも理解がある。魔工学の学生にとって中央研究所は羨望の的となる就職先だ。また、中央研究所はここトオヴェルロにあるため、トオ大をはじめ有力な大学との共同研究も多くしているらしい。


 それにしてもフタツ製作工房に就職とは聞いていたが、中央研究所に配属されるとは!


「中央研究所っ! そりゃすごい!」

「それはすごいですね、おめでとうございます!」


 私とタイティの声が重なった。


「ありがとう。でも数年は中央研究所に配属だろうけど、成果ができないとどうなるか……心配なんだよな、本当は。それに、研究テーマもどこまで自分で決めれるか、そしてその成果を発表させてもらえるか……工房研究者は工房の方針に従わないといけないからな」


 確かに……人間関係が悪化しただけで営業部門に異動させられる工房研究者や、研究成果が出ても上司の名前で成果発表されたりと、耳を覆いたくなる噂はよく聞く。


「じゃあやっぱり博士課程に残ったほうが良かったんじゃないか?」

 私は以前からランスの方が研究者にふさわしいと思っている。

 研究のセンスもあるし、情熱もある。そして、カッコいい。

 ちなみにこのような学生をセン大では『いかにもセン大生』ということで、『イカセン』と呼んでいる。ランスは文字通りイカセンである。


「まあな……そりゃ本当は研究がしたいよ。すごく研究がしたい。でも博士課程に進んでもトオ大でない俺たちの将来は厳しいだろ。それにしばらくは丁稚奉公のように安月給で働いて、しかも好きな研究テーマを続けられるかもわからない。どちらの選択がより研究を継続できるか……それはわからない。どっちも運だから、俺はこっちにした。こちらの方が研究ができると賭けてみた、といったところかな」


 普通の企業だと判断は難しいが、確かにフタツ製作工房の中央研究所なら悪くない選択だろう。独創的な研究を尊重する風土があると聞いたことがある。

 

 しかし、本当はランスも博士課程に進学したかったんだな。優秀な学生が将来が不安になり、進学しないのはなんか変だ。国はもっと研究者を支援すべきだと思うのだが。


「そうか……じゃあなんて言うべきかな、『健闘を祈る』でいいのかな」


 私がそういうと、ランスが笑った。


「それはカイこそだろ! 死屍累々の博士課程に進学するんだぞ」


 そして、次の瞬間にはランスの目が真剣になり、私の目を見て言った。


「本当に本当に、『健闘を祈る』だ。お前は根性がある。その根性があれば研究者になれるはずだ。がんばれよ!」


 そして、タイティも

「私も応援しています。」

 と言ってくれた。


 私は本当に良い仲間と出会えたものだ。


 私たちはお互いにこれからの健闘を誓いあい、小さな飲み会を終了させた。

 明日もまだ朝から学会があるのだ。

 

 それにしても、お偉い先生方に気を使って、頭をペコペコ下げてあまりお腹も満たされない懇親会に出るより、このような同期の時間を作ったのは正解だった。


 適切なアドバイスをくださったアダマース先生、場を設定してくれたランス、そしてつきあってくれたタイティに感謝である。


 私は幸せな気持ちになってベッドに入った。






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 学会ではできるだけ他大学の人たちと交流したいものです。

 でも学生向けにはそんな機会を用意していない学会もあるので、その場合はやはり自分たちの研究室だけで、となります。

 学会参加費に交流会費用を入れておいて、実質的に交流会参加費無料にしている発表会もありますよね。それだと学生も参加しやすいし、実際に学生が多く参加しているので活気があって個人的には好きです。


 あ、あと、そのうち企業研究者のお話なども書きたいです。



 次回は学会2日目です。

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