第12話 学会発表と質疑応答
私の発表は、予想外にあっさりと終わった。
しかし、今回はときたま投影した資料を見るだけに留め、ほぼ聴衆を向いてプレゼンテーションができた。
プレゼンの構成は、『背景と目的』『方法』『結果』『考察』『結論』と、投稿論文の構成と同じだ。内容も投稿論文と同じなので、完全に頭の中に入っている。あえて言えばこれに加えて『今後の予定』を少し加える程度か。
数十人の聴衆がいたが、自信を持って発表ができた。
そして、質問に対しても無難に回答できたと思う。例えば、
「魔力深度を測定する魔法陣はどのようなものか?」
といった質問があったが、自らで測定器を作ってきたので淀みなく説明できた。単に装置を買ってきただけなら回答できなかったかもしれない。
あの測定器は見た目は不格好だが、自分たちで製作した自信の作だ。最初は実験装置に加え測定器すら購入できない貧乏研究室に入ってしまったものだと後悔したが、それは完全に私の誤解であった。販売されている実験装置や測定器では研究の幅が限られてしまう。新たに装置や測定器を自分たちで作ってこそ、新たな発見が得られるのだと改めて実感した。
それにしても、この
はじめて使ったが、用意した資料を教室前面に拡大表示させることができる。さすがトオ大だ。最新の便利な魔道具がある。
そして、私の発表が終わるや否や、次の発表が始まった。
同年代らしき男の学生が登壇し、一生懸命プレゼンをしている。
聞いているこちらにも緊張しているのが伝わってくる。その気持ち、よくわかる。
この発表に対しては、ききほど発表要旨を事前に読んで質問を準備しておいた。
初めて聞く内容だが、事前に発表要旨を熟読しておいたから『背景と目的』『方法』『結果』とそれぞれの内容がすんなり頭に入ってくる。それに、魔材に炎系魔法を連続的に与えて破壊現象を解析するという内容であるため、私の実験内容に非常に近い。
よし、これなら質問できそうだ。
発表を聞いている間、質問をしようと準備していた内容がプレゼンの中で説明されないか逆に不安になった。もしプレゼンの中で説明されたら、準備した質問が無駄になる。
そんな変なことを気にしながらプレゼンを聞く。
「……以上のことから、本研究では以下のことが明らかになりました」
発表が『結論』に移った。そろそろ発表も終わりだ。
幸いにも? 質問を予定していた内容には発表で説明されなかった。
「……以上で発表は終わります。ご清聴ありがとうございました」
と発表者がいうと、セッションを仕切る座長が会場に質問がないかを聞いた。
「はい、発表ありがとうございました。では本発表について質問、コメントがある方は挙手をしてください」
さあ、質疑応答の時間だ。
最初から手を挙げるのもどうかと思ったが、他の人の質問で時間がなくなってしまい、せっかく準備した質問ができなくなると残念だ。それに質問を無理やり考えているうちに、確かにこのことについて知りたいという純粋な気持ちが沸いてきたのも事実だ。
私は勢いよく手を挙げた。
座長は
「……あっ、いくつか挙手がありますね。ではまずこちらの方どうぞ、そして次はあちら」
と言い、私を2番目の質問者に指名した。
まずは1番目の質問者である。
ここでもまた『用意した質問を先にされたらどうしよう……』などと無駄なことを考えてしまった。
しかし、幸いにも違う内容であった。これで質問ができる、となぜか安堵する。
そして一通り1番目の質疑応答が終わり、私の番がきた。
「では次、さきほどの方、質問どうぞ」
と座長が私に質問を促した。
さあ、質問だ。
私は勢いよく立ち上がり、質問する。
「ご発表ありがとうございました。センカディン大学のカイ・ウェントスと申します。1点質問させてください。この実験では炎系魔法を用いていたので、各回の魔法付与の間に必ず
……なんとか言いたいことを言えた、と思う。果たしてこれで通じただろうか?
発表者は一瞬考える様子を見せたが、すぐに回答した。
「ご質問ありがとうございます。今回は室温で自然冷却させています。
……おおっ。なんかすごく適切な回答がきた。学生なのにすごいなぁ。ある程度想像された回答だけど、確認できてよかった。それに、なによりなんか研究者っぽい質疑応答ができたことがうれしい!!
私は平常心を装い、
「ありがとござました」
とお礼を述べ、軽く発表者に会釈し、質問のやりとりを終了させた。
……ん、ちょっと噛んだかな?
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いくつかの発表が終わり、小休憩となった。
これまで学会と言えば一生懸命発表内容を理解して勉強するものであり、また自分の発表ではただただ緊張しながらなんとかプレゼンし、質問に怯えるというものであった。
しかし、質問をすることで今回は学会に文字通り“参加している”という実感がしてきた。
学会に参加する“楽しさ”が少しわかった気がする。
と同時に、自らの発表、そして初めての質問が終わり、緊張の糸が切れた。
疲れがどっと出てきた。
しかし、今のうちに次のセッションの発表内容確認だ。
休む時間はない。
講演要旨集を広げ、質問の準備を再開する。
すると、
「あのー、すみません、センカディン大学のウェントスさんでしょうか?」
と声をかけられた。
あ、さきほどの発表者だ。丸い眼鏡をかけ、やさしそうな顔をしている。
それにしても名字で呼ぶのは先生など相当目上の人だけだ。非常に違和感がある。
「さきほどはご質問ありがとうございました。トオヴェルロ大学のジャス・イアスピスといいます」
そんなに畏まれると困る。どう見てもお互い学生だ。
「いえいえ、そんな。私の研究内容にも近かったので、非常に興味深かったです。あ、あとそれにまだ
「あ、そうなんですねっ! ありがとうございます。私は
学部生にしてはしっかりした研究発表だった。それに落ち着いた質疑応答だった。
悔しいが、さすがトオ大生といったところか。
彼は続けた。
「実は冷却方法を変えた実験をこれからしていこうと考えていたんです。この研究の方向性に意味があることがわかって、うれしかったです。本当にありがとうございました。それからカイさんの発表も聞いていました。魔力深度と魔力強度を測定できる装置を作るとは……思いつきませんでした。ぜひ今後とも情報交換させて頂きたいのですが……もう就職されるのでしょうか?」
そうか、
「いえ、来年度は博士課程の学生として研究室に残る予定です。この研究をもっとやりたいと思って」
ジャスがパッとうれしそうな顔をした。
「そうなんですね! 僕も来年度は修士課程に残ります。ぜひこれからも情報交換させてください。宜しくお願い致します!」
「もちろん!」
私は即答した。
すると、ジャスの横に髭を貯えた壮年の男性がいることに気づいた。
にこやかな表情で会話にうなずいている。
ジャスも気づいたようだ。
ジャスは急いでその壮年男性の方を向き、
「あ、先生! 失礼しました。お陰様で無事に発表が終わりました」
と言った。
どうやらジャスの指導教員のようだ。
ということは、トオ大の教授か准教授だろう。
私から見たら雲の上のような人だ。
その先生はジャスに労いの声をかけた。
「お疲れ様でした。報告は後でいいですよ。続けてください。あ、それからカイくん、ですよね、質問ありがとう。それに、おもしろい発表でした。これからもがんばってくださいね。この分野をどんどん盛り上げていきましょう!」
そういってその先生はさっさとどこかへ行ってしまった。
っっえ? もしかしてトオ大の先生に名前を憶えてもらえた?
しかも評価された? 期待された?
いや、まあすぐに忘れられるかもしれないけど……でも純粋にうれしい!
その後、私はジャスと実験について意見交換をしたが、すぐに次のセッションが再開する旨、座長からアナウンスがあった。
「ありがとう、また意見交換しましょう!」
「はい、こちらこそ。カイさん!」
大学も研究室も違うが、研究に本気で打ち込む研究仲間ができた気がした。
学会は単に研究発表をするだけの場ではなく、仲間を作る場なのだと以前アダマース先生が仰っていたのを思い出した。
そうか、こうやって人脈を作っていくんだ。
それにしても質問一つでここまで緊張するとは思わなかった。
しかし、これで次に質問をする心のハードルが一気に下がった。
より、今回の学会ではどんどん質問しよう!!
《現在の業績》
国内学会発表:3件
査読付き論文:0(投稿中1件)
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学会で質問するときってすごく緊張しますよね。
私は今でも「実は聞き漏らしただけかなー、トンチンカンなこと聞いてないかなー」と常に不安です。
でも質疑応答の時間に誰も質問をしないと盛り上がらないので、沈黙が続いたらできるだけ質問するようにしています。やはり変な質問をしてしまうこともありますが、恥ずかしい思いをするのにはもう慣れました。いいんですよ、研究者は変な奴で。という開き直り。
あ、あと質問時間が余ったら座長が何か質問するのが暗黙のルールですよね。座長の時は専門外の発表でも何とか質問できるよう、いくつか事前に質問を準備しておきます。
さて、次回は懇親会です。
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