第11話 研究発表会

 3月になった。


 私が普段いる都市、センカディンはようやく雪解けが始まり、春の訪れを感じられるようになった頃だ。昨日は卒業式・修了式があり、友人たちと別れの挨拶をした。


 しかし、私は王都のトオヴェルロ大学トオ大にいる。

 ここは既に色とりどりの花が咲き、春の盛りとなっている。


 トオ大の建物は歴史を感じる古い石造りの外観をしているが、中には最新の技術が導入された設備であふれている。まさに国内最高峰の大学である。投じられている研究費も莫大であることが伺われる。

 建物がすべて工芸品のように手が込んでいる。同じ石造りでも、機能性を重視して、のっぺりとした我がセン大とは大違いである。


 高校生のころ夢にまで見たあこがれの大学にいる高揚感、見たこともない最新の設備への羨望、しかし宮廷大学の一角を担うセン大の学生としての自尊心・対抗心が複雑に心の中でぶつかり合う。


 ここにきた理由は、魔材学会研究発表会があるからである。


 今年の研究発表会は王都にあるトオ大を会場として3日間の日程で開催される。


 国内の魔材に関する研究者が一堂に会する一大イベントだ。


 アダマース研究室からは学部4年B4が1件、修士1年M1が3件、修士2年M2が3件、そして博士研究員ポスドクのマリさんが1件の、計8件の発表がある。


 ただし、学会デビューとなる学部4年B4のアイリさんはポスター発表である。ポスター発表は大きな紙に研究内容をまとめ、それを聞きに来た人たちに説明する発表形式である。


 口頭発表という発表形式に比べて、関心のある人とディスカッションの時間をしっかり取れるのは長所である。また聴衆の前で発表する口頭発表に比べれば発表のハードルは低い。


 ただ、ポスター発表は一般的に初めて学会発表する学生や、研究の初期段階に関する発表など、比較的重要性の低い内容のときに選択される。


 口頭発表の競争倍率の高い学会、特に著名な国際会議では重要だと思われる発表だけが口頭発表に選ばれ、残りはポスター発表に回される。そのため口頭発表するだけでも名誉となる国際会議もある。


 魔材学会に関して言えば、口頭発表を希望すればよほど低レベルな発表案でない限り、ほぼ全員が口頭発表として採択される。

 そのため学部4年B4からでも口頭発表をしている研究室もあるが、我がアダマース研究室はまずはポスター発表からというのが慣例だ。


 我々の大学、センカディンセン大からは夜行乗合魔動車バスで王都まで移動してきた。


 これら交通費に、3日分の宿泊費、研究発表会登録費を含めると一人当たり約8万リブラの費用が必要となる。

 しかし、アダマース先生が研究費としてすべて支出してくれたため、発表のための学生の費用負担はない。あえて言えば、発表者として登壇するには魔材学会の会員になる必要がある。学生会員の年会費、4000リブラが自己負担分である。


 この発表会には我が研究室からは先生も含めて9人が参加しているため、おそらく70万リブラ以上の研究費が使われているだろう。


 大学が各研究室に配分する予算だけではこのような費用を賄うことは不可能である。

 交通費や研究発表会登録費もすべて学生が自己負担し、学生が発表する研究室も少なくないと聞く。


 アダマース先生が獲得した外部資金——魔研費まけんひ——に感謝である。


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 まずは学会会場で受付だ。

 所属と名前を確認すると、自分の名札と分厚い発表要旨集が手渡された。


 発表要旨集をパラパラとめくり、自分の発表要旨がちゃんと印刷されていることを確認する。


 そして、研究室の発表メンバーで集まる。

 普段と違い、全員がフォーマルな服を着用している。

 

 馬子にも衣装というべきか、学生たちが大人びて見える。

 私はこのような衣装に気恥ずかしくなるタイプだが、みんなこれならいいか、という気分にだんだんなってきた。

 アダマース先生は流石に似合っているし、何よりマリさんの凛々しさには見惚れてしまう。


 全員が集まると、アダマース先生は

「自分の発表は練習通りしっかりがんばってください。皆さんの発表はいずれも学術的価値のある内容です。自信をもって成果を発表してください。それから会場からの質問に基本的に私は答えません。発表者が責任をもって回答できるよう、努力してください。それと関係のある発表はよく聞いて、勉強してください」


 と挨拶した。


 この研究発表会には『学生優秀発表賞』という賞がある。

 この賞の審査員は学生の発表を『明瞭さ』『論理性』『質疑応答』『発表時間』で評価する。

 質疑応答のときに指導教員が口出しすると、その時点で『質疑応答』の得点が最低点となり、受賞の機会がほぼ失われる。


 そのため登壇した学生が質疑応答のすべてに対応するのは、学生にとっては大きなプレッシャーであるが、学生の側もそれに納得している。そもそも、これだけ同じ研究室から発表件数が多いと発表時間が重なることもあり、先生がすべての発表に同伴するのは無理である。


 アダマース先生の挨拶が終わると、学生だけで集まって打ち合わせを開始した。


 同時並行の発表会パラレルセッションが多く存在するため、興味のある発表が重なってしまうこともある。


 特に重要な発表に関しては研究室メンバーで分担して発表を聞くなどして情報収集をする必要がある。


 そのため研究室メンバーで特に注目すべき発表を確認し合ったり、誰がどのセッションに参加するかなど、後輩たちと意見交換をする。


 と、そのとき、アダマース先生から


「カイさん、ちょっと来てください」


 と私だけ呼ばれた。なんだろう?


「自分の発表や関係研究の情報収集は今まで通りしっかりしてくださいね。それと、今回は他の発表に対して質問・・をするようがんばってください」


 質問? また新たな課題だ。


「……はい―――」


 私が気の抜けたような返事をしたので、先生は続けた。


「質問時間は研究者としての能力をアピールする絶好の機会です。質問はその発表について十分に理解していないとできません。的確な質問をすると、他の研究者に名前を憶えてもらえます。将来、何かあったときに声をかけてもらえるかもしれません」


 1つの発表につき質問時間は5分。2-3人が質問したら終わりだ。

 たいてい先生方が質問をして時間が終わる。

 空気を読まない学生がピント外れな質問をして、場が凍るのを何回か見たことがある。


 私に的確な質問ができるだろうか。

 逆に、無能者として名前が広まってしまわないか心配だ。


「まずは学生の発表を狙って質問をするといいでしょう。後輩だと思ってやさしく質問するのです。実験結果の異なった解釈や、新たな研究の方向性を示唆する質問が望ましいですね。逆に、粗探しや論破しようとする質問はあまりお勧めできません。それと、事前配布されている講演要旨集を熟読しておくと質問の準備ができます。いくつか質問を用意しておくと良いでしょう」


 なるほど、発表前に質問を用意しておけばいいのか。

 しかし、やはり心配だ。


「大丈夫ですよ。ゼミで質問をする練習を何度もしてきたじゃないですか。それにカイさんはいつも的確な質問をしています。もっと自信をもってください。まだ気が早いと思われるかもしれませんが、就職活動の一環だと思って、がんばってくださいね」


 ……漫然と情報収集するだけの学会参加では駄目なようだ。普段からゼミで先生は口を酸っぱくして『必ず一人一つは質問をしてください』といって無理にでも学生へ質問をさせる。確かに質問をするのはこれまでずっと練習してきた。なんとかなるかもしれない。


「わかりました。がんばります。」


 先生にそう返事はしたものの、もう学会の開会式が始まる。

 そして、参加者が一堂に会する基調講演プレナリーと続く。


 私は一応それらに参加したものの、後方の席でひたすら講演要旨集を目を皿のようにして読んでいた。

 基調講演プレナリーの内容は魔材学による最近の武器強化への貢献に関するものであったが、これも講演要旨を見ればほぼわかる内容であった。あとで読めばいいと割り切り、質問づくりに精を出した。


 ――なんとか質問できそうな気がしてきた。


 しかし、その前にまずは自分の研究発表である。


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 基調講演が終わり、「魔材理論」「魔材合成」「魔材強度」「魔材加工」などのテーマ毎に部屋が分かれる同時並行の発表会パラレルセッションが始まった。


 私の発表は「魔材強度」のセッションで2番目。いきなりだ。


 発表時間は1件当たり15分。うち、10分が発表時間で5分が質疑応答である。


 既に人生2回目の口頭発表だし、修論発表会で同じような内容で発表したこともあり、発表そのものに不安はない。問題は質問として何がくるかである。こればかりはその時にならないとわからない。


 さて、どうなることやら。

 私は基調講演の会場から「魔材劣化」セッションの会場まで速足で進んだ。





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