12. Resolution - 君を守るために必要なこと 〜前編〜(死神視点)
何かを言いかけて、言葉になる前に意識を失った凪に手を伸ばしたが、千秋がその体を攫うように引き寄せた。
手を出させるものかと、わかりやすく威嚇してくるその態度に、呆れるより笑いが漏れた。
「そんなに大切なら、ちゃんと伝えればいいのに。ナギは空気は読めるけど、察しは悪い子だよ」
そう言ってやれば、さらに怒るのかと思いきや、ふっと気配が緩んで深いため息が聞こえた。
「……余計なお世話だ」
呟くように言った声は、言葉ほどには力がなく、意外と可愛げがある。口に出したら機嫌を損ねることは明白だったので、肩を竦めるに留めたけれど。何にせよ、今は凪のことが最優先だった。
「こんなところで立ち話も何だから、場所を変えるよ」
言いながら凪の手に触れると、千秋はあからさまに顔を顰めたが、構わず空間を跳ぶ。馴染みの古物商の事務室。店主は
靴を脱いで、ベッドを示すと一瞬ためらった様子を見せたが、凪が目を覚ます気配がないのを見て、諦めたようにそっと横たえさせる。
「まるでお姫様だね」
「こんな可愛げのない姫がいるかよ」
「可愛げ、十分にあると思うけどねえ」
特に君の前では、と続けてやれば嫌そうに顔を顰める。自覚はあるのだろう。
凪は基本的には人懐っこい性格だ。能天気で明るいし、ノリも軽い。ただ、今はその身にまとわりつく不運のせいで、本来の性格をそのままさらけ出すことができなくなっているだけだ。そして、現時点で唯一の例外が、この目の前の男だった。
「チアキ」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
「じゃあ、鴨川先生とでも呼ぼうか?」
「……知ってるのか」
「一通り、一般的に手に入るくらいの情報ならね」
獲物となるような人間なら、タイムラインレベルで詳細を知ることも可能だが、あいにくとこの目の前の男は悪人の類でもなければ死にかけてもいない。おまけに寿命さえ見えないという特殊体質だ。
「鴨川先生、君はナギのことをどれくらい知っている?」
「気色悪いからやめろ。どれくらいって……ほとんど知らねえよ。某国立大学の一年で、天涯孤独の身の上らしいことと、あとは——」
そこまで言って、彼に鋭い眼差しを向けてくる。苛烈、と言っていいほどの。理由には十分心当たりがあったから、黙ったまま言葉の続きを待つ。
「あんたが、こいつに何かひどいことをしていたらしい、ということくらいだ」
「ひどいこと……ねえ。まあ否定はできないけど。どうしてそう思ったんだい?」
「俺が初めてこいつに会った時、こいつはほとんど意識を保てていなかった。ずっとうなされて、飯も食えずにただ
「……何て?」
「『ジン、もう嫌だ。見たくない。やめて』大体そんなようなことだ。何か虐待にでも遭ってるのかとも疑ったが、いくつか古い切り傷のようなものはあったが新しいものは見当たらなかった。しかも、目を覚ましてからはけろっとしてやがる」
当時を思い出したのか、苦い顔をした千秋の顔を眺めながら、彼は一つため息をつく。凪がそこまで追い詰められていることに、気づけなかった。凪はいつも飄々としていて、意外と抱え込むからだ。
「そんなにしんどかったなら、言ってくれればよかったのにねえ」
「普通は気づくだろ」
「あいにくと、
「……死神ってのは本当なのか?」
怪訝そうな顔に笑って見せる。いきなり言われても信じられないだろうが、千秋は既に体験しているのだ。
「非科学的で信じられない? なら、ここまで移動したことをどう説明する?」
「信じられないとは言ってない。ただ、何者なんだ、あんたは」
「その名の通りだよ。人の命を掠め取って生き長らえる生き物」
ニィッと笑って見せてみれば、嫌そうに顔を顰めたが、続けられた声は意外と平静だった。
「じゃあ、その……あんたは凪に
「失礼だな。ナギは俺の共謀者——まあ契約したパートナーみたいなものだよ。彼が悪人たちを引き寄せる。俺はそいつらを狩って、ボーナスをもらう」
「ボーナス?」
「ああ、言葉の綾だよ。その辺は一応
死神と人間は実のところさほどかけ離れた生き物ではないけれど、決して相容れない部分もある。
「ご存知の通り、ナギは常に厄介事に巻き込まれているけれど、この間、襲われたことは聞いたかい?」
千秋は少し眉根を寄せて頷く。その質問の意図を理解しているのだろう。
「君と離れてどれくらいだった?」
「……丸二日と半日くらいのはずだ」
「その前に、何かあった?」
「何かって……」
「君とナギの間で感情の変化みたいなもの——特に君の方に」
そう尋ねると、さらに眉が顰められ、ごく不機嫌そうな顔になる。あるいは戸惑いだろうか。その理由も容易に推測できたから、彼は薄く笑って黒い紐のようなそれをひらひらと示す。
「例えば、これがナギの首に巻かれているのを見た時、どう思った?」
眼鏡の奥の眼が眇められ、より鋭さを増す。わかりやすいその表情に、思わずくつくつと笑った彼に、千秋の気配がさらに尖っていく。
「それが何の関係があるんだ?」
「それが大ありでね。俺の仮説なんだけど、ナギの不運を払っていた君の『加護』はね、実のところ『愛』なんじゃないかと思ってるんだよ」
言った瞬間、千秋は心底うんざりしたような顔をする。何を言い出すのかと言いたげに。彼だって別に意味もなくクサい台詞を吐いているわけではないのだが。
「愛って言ったって、性愛だけじゃない。親子愛、庇護欲、友愛、親愛の情——そんなものをひっくるめて、その相手をどうにか守ってやりたい、そういう想いのことだよ。君は多分初めてナギを見た時、救ってやりたいとそう思っただろう?」
こちらを見返す表情は静かだったが、答えはない。けれど明らかだった。
「ナギを守るのは、彼を必要とし、大切に想って側に留めておきたいという願いだ。守護者の性質は誰にでもあるものじゃない。むしろ百万人に一人とかそんなレベルの希少な性質だ。だから、ナギがその人生において、二人もの守護者に出会ったことは、多分偶然じゃない」
「……どういうことだ」
「俺たち死神は、ほとんどの人間の寿命を見ることができる。後どれくらい残っているのかをね。ところが、ナギの寿命は見えないんだ」
そう、初めて出会った時、暴漢に絡まれてぼろぼろになって行き倒れていた凪と出会ったのは、本当に偶然だった。しばらくはその素性にも気づかなかった。寿命が見えない人間は
「初めは気づかなかった。でもしばらくして気づいたんだ——ナギの素性に。俺は彼を知ってた。生まれる前から」
「生まれる前……?」
「そう、俺はナギの母親を知っている。身ごもっていた彼女は、けれどその寿命がもう尽きかけていた。出産には間に合わないくらいに。そして、俺と出会った彼女は、俺に願ったんだ。まだ死にたくない、ってね」
一度くらい、ちゃんと誰かを必要として、必要とされる、そんな生活をしてみたいの。
「……あんたはその願いを叶えたのか?」
「半分ね。彼女は無事に出産した。けれど、同時に命を落とした。俺との契約を一方的に破棄して、子供との未来も捨てて、身勝手に逝ってしまった」
思わず漏れた言葉に、千秋が何か痛ましいものでも見るような眼差しを向けてくる。別に同情が欲しくてこんな話をしているわけではないのだけれど。
「まあ、それは済んでしまったことだからね。以来俺は優しい死神をやめて、冷酷で残忍な死神として過ごしてきたってわけだ」
「……それで?」
静かに先を促す千秋に、彼は低く笑う。
「ナギは生まれると同時に、里親に引き取られていったと聞いている。最近まで彼が無事に過ごせていたのは、どうやら彼の義父が守護者だったかららしい。それが、半年ほど前に亡くなって、以来、また凪には不運が襲いかかるようになった」
まるで、今までのツケを一気に回収しようとでもいうかのように。その頻度も深刻さもあっという間に悪化していった。
「普通、人間は定められた寿命を全うする。けれど、ナギは守護者の存在なしには、生き延びることさえできない」
はっと、千秋が息を飲んで目を見開く。その意味を、彼も理解したようだった。
「こいつは、生まれてくるはずのない子供だった、から……?」
「そう、ナギの寿命は見えないんじゃない。とっくの昔に、彼の寿命は尽きているんだ——生まれる前に」
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