かわいそうこ
ふ
かわいそう
「…………」
夕方が終わりかける頃、とうとう高校生活最後の文化祭が幕を閉じた。もうほとんど片づけは済まされており、ほとんどの生徒は帰宅している。
しかし、まだ窓に寄りかかって校庭をぼんやり眺めている一人の少女、河合喪子は帰る気配を示さない。
彼女は今日一日を軽く振り返った。
喪子は、文化祭の最終日だったこともあり全力でクラスのまとめ上げを手伝い、来るお客さんもクラスメイトも盛り上げようと頑張った。そして、それは実際に上手くいった。
しかしながら、喪子が頑張ったのは決してクラスメイトのためではなかった。たった一人の好きな男子に自分を見てもらうためであった。
結果から言うとそれは失敗だった。見てもらうどころか彼との距離は遠ざかってしまった。それは当然である。本来行うべきである彼に対するアプローチをまったくしなかったからだ。
透明な窓から見える夕日と街並みはとてもきれいだが、今は視界にすら映らない。目線はそれを勝手に追ってしまう。スクールバックを肩にかけて校門へ向かう彼。そしてその隣には自分の知らない女の子がいた。遠目からでも仲睦まじい状態なのがわかる。
喪子は、幾度と練習しやっと完成した自身の思いを込めた作品を、右手でクシャクシャにしてごみ箱へと投げ捨てた。
きっかけはなんてことない。同じクラスに同じ中学出身の子がいて少し気になったのだ。
背は男の子の中では少し低いほうでクラスでも目立たない法、だけど優しくてよく困った人の手助けをしているところが目に留まった。
小さいことの繰り返し、でもそれは少しずつされど着実に人の好意を育んでくれる。
『一緒に帰ろう』
たまたま掃除係が一緒になり、仕事を終えてどうしようと迷っていたとき彼はこちらの思考を読んだかのように誘ってくれた。
喪子は確かに気難しいところがあったが、彼の前ではスラスラ言葉を紡げた。彼は時に真剣に話を聞いてくれたり、時に茶化したりしてきて、まるでたくさんの人間を相手にしているようで面白い。
彼と一緒に行動することが増え、いつの間にか好きになっていた。
今度は自分を好きになってもらうように、見てもらえるように動き始めた。
なんだか、彼は遠い人間のような気がして少しでも近づけるようにと変わる努力をし始めた。
最初は戸惑われたが、遅れた高校デビューと勝手に誤解して徐々に受け入れ始めた。
今までは狭い範囲内でしか人と話さなかったが、今では自分のクラスのみでなく他クラスの子とも仲良くなり始めた。
学校生活が前に比べて遥かに充実していた。なぜ今まで人見知りを理由に会話しようとしなかったのだろう、と思ってしまうほどに。
とはいえ人とかかわることで色んなものが見えてくると同時に、喪子は何かを見落としていた。
しかし、それを無視して歩み進めた。
前を進まなければならない喪子には、振り返る余裕がなかったのだ。
そして、今日。
自分にとって大事な大事な勝負の日。
彼はこちらを、一度として見ようとしてくれなかった。思いを、受け取ってはくれなかった。
自分だけが彼を見ているのだと思っていた。甘えていたのだ。
実際に、彼は自分を見てくれていたのだろうか。自分の行動は間違っていたのだろうか。
疑問は増えるも、結局は後の祭り。
彼にはもう自分以外の隣を歩く人を見つけていたのだから。
その場では強がって見せたが、笑顔はちゃんと作れていただろうか。
自分よりも早くに彼に対して行動をしていた彼女との仲を祝福できていただろうか。
でも、本当は……本当は……。
「私が……隣に、いたかったなぁ……」
喪子は、影が伸び始めた空き教室で静かに泣いた。
かわいそうこ ふ @sisterx_8
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