第1話 パターン2
異世界に転生するとしたら。
そんな妄想は現代ではとてもありふれたものだろう。どんな能力が欲しいかどんな暮らしを求めるかどんな仲間と冒険したいか。神様からチートを貰うのか知識一つで異世界を渡り歩くのか。こういった創作物を見たことがある人なら一度は考える。
自分もそんな妄想をして生きてきた一人だった。そして、そんなチャンスが本当に自分に訪れるとは思ってもみなかった。
だから俺はどんな風に生きたいかと問われたときにこう答えていた。
「妖怪になることはできますか」
神様と呼ぶべき存在は少し驚いた後、盛大に笑い、そして自分を含めた世界すべてに語りかけるように大仰に答えた。
「ああ、なれるとも。人でもなければ魔物でもない君ならば善を成すことも悪を成すことも思いのままに、君の望むように生きられるだろう」
神様が手を叩く。その音は静寂を破るとともに自分の体を消し飛ばした。
「一つは不死。人より生まれし影である君は退魔の光でさえ決して殺せないだろう。だが忘れるな。痛みに慣れることはあっても死の恐怖に慣れることはない」
戻ってきた。そう認識するのが遅れたのはなんの痛みも感じなかったからだろう。気づいた瞬間、呼吸することさえ忘れる恐怖が襲ってきた。自分の体を何度も何度も爪で裂き、殴りつけることで痛みを感じ、生きていることを僅かながらに実感する。
正気を失う、とはなるほどこんな感じなのかと初めて知った。
「一つは変化。実像なき幻影たる君は望めばどんな姿にもなれるだろう」
目の前に突然現れた狐。一歩踏み出すとそれは影になり自分の影と混ざり合う。
「だが覚えておくといい。君の力は虚構の力。影をただ影と認識させるか、暗闇から忍び寄る魔の手と認識させるかは」
影から伸びた手が自分を掴んだ。影の中に引きずり込まれていく自分を神様が見下ろしていた。その表情は影に隠れてよくわからないがなんとなく悲しそうだった。
「君次第というわけだ」
肉体が影に溶ける。だが先ほど殺されたときとは違っていまだ肉体が存在していると感じることができた。あれほど確かめた自分の体の構造を思い出す。指先から手のひら、腕を通って肩、首から頭、上半身から下半身。一つ一つ確かめながらやっとの思いで影から這い出て、ようやく君次第という言葉の意味を体が理解した。
「最後の一つ、総じて妖術。こればかりは私も導くことはできない。君が望み、君が生み出し、君が行使する力の総称だからだ。助言になるかわからないが、そうだな」
神様が再び手を叩く。視界が徐々に霞んでいく中、それまで神様の顔を覆っていた影がふっと消えた。初めて見えた神様の表情はまるで我が子の門出を祝うかのような晴れやかでどこか寂しそうな笑顔だった。
「私の名前は――――だ」
それが最後の会話となった。力を授かったとはいえ良い思い出とは言えない。後悔していないと言えば嘘になる。だけどやっぱり憧れていた存在になれたことを思うと胸が熱くなる。これから未来に対して希望が生まれてくる。
「俺の名前は……また後で考えよう」
先は長いんだ。目覚めてから考えても遅くはないだろう。
異世界百鬼夜行 木ノ戸 @R9ACH
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