第4話 村長ドレイク
神殿の外に出ると、もう日が暮れかけていた。赤く染まる村に二つの影が長く伸びる。
「もう一回、『境界の柱』に行ってみてもいいかな?」とクロエが言い出したのは、お見舞いの品を一通り見終えて、一息ついたときだった。
「いいけど、どうして?」
「なんとなく……。ダメかな?」
クロエは、両手を合わせて拝むポーズをする。
手には、柱に触れた時のバチっという感触がまだ残っていた。うまく表現できない不吉なそれを、クロエは努めて気にしないようにしていた。
けれど『死神の厄災』という言葉が、なぜだか頭に引っかかる。
「う〜ん……。いいけど、今度は絶対に仮面を取ったらダメだからね」
「分かってる! ありがとう。ノア」
ノアの答えを聞いたクロエは、迷いを振り払うように神殿の重い扉を開けて駆け出して行く。その後を、ノアはやや呆れ気味にゆっくりと追いかけた。
『境界の柱』までの道すがら、クロエは何人かの村人に声をかけられた。「大丈夫なの?」とか、「もう出歩いていいの?」とか、みんな過剰に思えるほど心配している。その度にクロエは「大丈夫、大丈夫」と元気よく答えた。
いつもであれば、それで村人も納得するのだが、クロエがどんなに「大丈夫だよ」と応えても納得していないようだった。そんな小さな違和感に、クロエはなんとなく薄気味悪いものを感じていた。
『境界の柱』まであと少し、というところで、クロエは先のほうに見える『境界の柱』の脇の人影に気がついた。
「あれ? ドレイクさん?」
少し距離はあるが、遠目から見ても剣を携えたシルエットで村長のドレイク=フォーデンだと分かった。
その昔、兵士としてそれなりの功績を上げたという村長は、老齢ながら逞しく、威厳を誇示するかのように豊かな口髭を蓄えている。王宮に仕える騎士だと言われれば信じてしまうような風格を備えていた。
しかし、二人は、怖いと感じたことはない。二人にとっては、気さくに接することができるおじいちゃんだった。
そんなドレイクが『境界の柱』の前で身をかがめて何やら首をひねったり、天を仰いで考え事をしたり、せかせかと動いたりしている。見ようによっては、少し焦っているようにも見えた。
「ドレイクさ〜ん!!」
クロエが大声で呼びかけると、ドレイクはすぐにこちらを振り返った。そして、ゆっくりと時間をかけて二人に歩み寄ると、
「おぉ、クロエ。身体はもう大丈夫なのかい?」
と白く長い顎髭をさすって柔らかく微笑んだ。
その口ぶりから、ドレイクも他の村人と同様にクロエが倒れたことを知っているようだった。
「うん。もう全然平気。ねぇ、それより、こんなところで何してたの?」
「んん〜? クロエがここで倒れたっていうからのぉ。色々と調べていたんじゃよ」
「今さら、何を調べるっていうの? 瘴気アレルギーだよ」
「瘴気の出所が、ちと気になってなぁ」
「ふぅ〜ん……。それで? 何か分かったの?」
「いんや、なにも」
にかっと白い歯を見せて笑うドレイクは、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「なんだぁ〜。つまんないの」
「つまらんってことはないじゃろう。ほら、もうじき夜じゃ。また瘴気にやられても困る。今日は、もう神殿に戻って休んでいなさい」
「今度は仮面を取ったりしないから大丈夫だよ。それよりドレイクさん。『死神の厄災』がなんなのかは、やっぱり教えてくれないの?」
気になったことを放っておけないたちのクロエは、諦めきれずに尋ねる。
それに対してドレイクは「がはははは」と笑った。そして、「自分の目と耳で確かめなさい」と答えた。
クロエは口を尖らせながら「どうして?」と言いかけて、動きを止めた。
「……あれ? あそこに誰か……いる?」
クロエの指差す先には、いつの間に現れたのか、少し腰の曲がった老人がこちらを見ながら、にこやかに佇んでいた。老人は『境界の柱』に手を置いて、一休みでもしているようだった。
老人を見止めたドレイクの目が途端に険しくなる。しかし、クロエもノアもそれに気が付かなかった。
「こんな何もない村に珍しくお客さんかな? 私、ちょっと話を聞いてくる」
「あ、待ちなさいクロエ。あれは……」
クロエはドレイクの忠告を無視して、
「おじいちゃん、どうしたの?」
と老人に駆け寄った。
「──ついに見つけた。こんなところにいたのか。……これは? 結界……? どうりで見つけ出せないわけだ。
老人は、ぶつぶつと意味の分からないことを言いながら、杖の先を地面に叩きつけるように突き立てる。すると、かすかな光とともに空間が揺れた。
「おじいちゃん? なにを……?」
クロエが目を丸くしていると、老人は動きを止め、無言のまま微笑んだ。
次の瞬間——。老人は音もなくクロエに接近する。
「えっ?」というクロエの声よりも先に、ドレイクの剣が老人の胸に突き刺さった。遅れてヒュンという音がクロエの耳に届く。
さっきまで優しく微笑んでいた老人は、悲鳴を上げることもなく、時が止まったかのように動きを止め、数舜後には煙となって消えてしまった。支えを失った剣が、重力に従って地面に落ちる。
振り返ると、ドレイクはクロエのすぐ後ろに立っていた。ドレイクの肩越しに、驚きと心配の入り混じったノアの顔が見える。
「えっ……? えっ!? なんで!? ちょっと……どういうこと!?」
ドレイクの表情は相変わらず柔らかいが、感情のない仮面のようだった。体からは、普段のドレイクからは想像できない殺気が漏れている。
「ほら、もう行きなさい。クロエ。今あったことは忘れるんじゃよ。いいね?」
優しい言葉とは裏腹に強い口調を向けられたクロエは、恐怖と困惑で頷くことしかできなかった。
「『死神の厄災』がいよいよ……か」
去り際に聞こえたドレイクの独り言が、クロエの耳について離れなかった。
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