嘘つきな家族

薬学乙女たんbot

嘘つきな家族


嘘つきになりたかった。





私の目の前で男女が言い争っている。

私が何者であるか、それを私抜きで勝手に言い争っているのだ。



男は私のことをかわいそうな女だと言う。

この場からすぐにでも助け出したいと言う。


女たちは私のことをただの普通の娘だという。

今の状態が私にとってふさわしいのだという。



男は言う。

自分にはお金があるから彼女を幸せにできるのだと。

男は言う。

自分には権力があるから彼女を守ってあげられるのだと。


女たちは言う。

それならば私と結婚してはいかがですか?いい妻になりますと。

女たちは言う。

その子よりも私の娘のほうが立派な血筋であると。


私はただそのやり取りをそっと聞いていた。



この男が私のことを救い出したい本気で思っているのはなんとなくわかる。



毎日家事や雑用に追われ、女たちがきらびやかな服を身にまとい、

夜な夜な外出していくのを見送るだけのこの生活から。


私は何も言わず、思い返していた。

この女たちとの生活を。


私が外に出ようとすると、外出しないように言われ家事をやらされた。

私はそのうち学校にもいかなくていいと言われ、学校にも行かなくなった。

彼女たちは常に私を目につくところに置いていた。

彼女たちはそれを、私が何か変なことをしないか監視するためだと言う。



私はこのレンガ造りの家で、そんな彼女たちとずっと暮らしてきた。

これからも彼女らと一生ここで生きていくのだろうか。



男のもとに一人の従者が歩いてきて、片方だけの一足の靴をそこに置いた。

私は言われるがまま、そっと差し出された靴を履いた。


キラリと光るガラスはひやりと冷たかった。





王子と呼ばれているその男は言った。

「そなたこそ私の花嫁だ!!ぜひ私の妃になってくれ」


私の継母や義理の姉たちが言っている。

それなら私を妃にしてください!

他の子たちから妃を選んでください!



だが王子様はこの靴の合うものと私は結婚するの一点張りであった。

彼は私のことを救い出し、幸せにしてくれると言っている。


実直に己の正義と道徳と慈愛にのっとって大きな声で叫んでくれている。



だけど私は、嘘つきが大好きなのだ。





「私はあなたとは結婚はできません」


私の声は、私自身も驚いてしまうくらいハッキリと力強く口から飛び出していた。


「本当の母が死んでしまったことを隠そうとして、私が母を捜しに出ないようにたくさんの家事を言い付けるような、この母が私は大好きなんです。

私が学校で、養子だということでからかわれていることを知り、学校になど行かなくていいと言ってくたこの姉が大好きなんです。

私が悪さをしないように監視してるだけだなんて言いながら、私がひとりで寂しくないようにずっとそばにいてくれたこの姉が大好きなんです。


本当なら政略結婚の道具にされたって仕方がない立場なのに、人見知りで、社交界の苦手な私のことを思って、きらびやかな世界から遠ざけてくれた家族が私は大好きなんです」



「私の家族は嘘つきばかりです。でも、みんなそれなのに嘘をつくのがとても下手なんです」



「私はこの家族と血は繋がっていないので、みんなと違うところがあるんです。

私はこんな風に素敵な嘘はつけません。だから正直にお伝えします」



「私はこんな嘘つきでやさしい家族が大好きなんです。

だから私は、あなたのたくさんいる妃の一人になることはできません。

私はここで、この人たちと家族でいたいんです。

ずっと一緒にいたいんです」


王子様だけでなく、母たちまで驚いた顔をしていた。

なんだかみんなして呆けた顔をしていたので、思わず笑ってしまった。

私が笑い出すと母や姉たちも一緒に笑って私を抱きしめてくれた。


あったかい。


ガラスの靴にはない温もりがなんとも心地よかった。




私は今もこの家で家事をしながら社交界で頑張って仕事をする母たちの手助けをしている。

今でも母たちは帰ってくると、

「すごい楽しかった、ぜんぜん疲れてない」

と言っていたりする。

「いい男いないからすぐ帰ってきただけ。早くご飯にしましょ」

なんて、下手な嘘も相変わらずついている。


私は嘘つきが大好きなのだ。






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