第8話近づきたいが、邪魔しか居ない。

 朝から、台所に立つ多摩川。シンクに向かって何やらやっている。

 あたり一面に散らばる、おにぎりの山・・・・


「ふう…」

 何かよく分からないけど、瑛美さんのことを考えていたらこんな事になっていた。


「行ってきまーす」



 ―そのころ、吸血鬼家


「ふう…」

 あたり一面に散らばるクッキーたち。

「何か、元気がないな。えいみ」

「…」

「これ、食べてもいいか」

 ひとつをつまみ上げ、口に放り込む父親。

(反応がない)


 ふたつめ…

 パクっ

(気が付かない…)

「はあ…」

 ス…と中に何かを紛れ込まれせる父。

「お父さん」

「ん」

「私もう諦めた。」


「なにが」

「お父さんには何度言っても、わたしの部屋に入らないっていう約束、守ってもらえないし」

「ん。」

「ねえちょっと。手をあらったの」

「…もちろん。」

 父と娘の争いはいったん落ち着いたかに見えた。瑛美はそれよりも、クッキーを作るのとそれを包むのに集中しようと思った。

 瑛美…このクッキー、形が変だぞ…と思いつつ、あらためて手を洗いに行く父。


 瑛美は「行ってきまーす」と言い、家を出た。



 ―話は飛んで放課後へ―


 はあ。今日はなかなか瑛美さんに会えなかった。多摩川は帰り道をとぼとぼと歩いていた。

 ―今日、限定発売のライブチケットとフィギュアがあるからそれに俺は並びに行かなきゃならない。

 多摩川は今、中高生の間で絶大な人気を誇るバンプオブバンバンのバンドのファンだったのだ。


 ・・・あれから瑛美さんとK田が加わったことで話の流れが大分変わりそうだった。もうわざわざ、タイミングを見計らって眠ったふりをする必要はないので、ただ人目のない場所を選んで瑛美さんと会っていればいい。なんとなくデリケートなことだと思われて「ナワバリの移行」とは口にはしなかったけれどおいおい、多摩川の出生自体のことも説明していければ・・・

 まあ、えいみさんの父親とも話し合わなきゃな。


 ただK田は・・・

 さすがに体育終わりに生徒が倒れることはなくなったが・・・


(・・・こんなに並んでるのか…)


 前方の人の群れはだいたい、五十メートルくらいの列になっている。皆がライブのチケット販売の為にやってきているのだ。(けどフィギュアがもらえるのはここしかないしな・・・)炎天下の中で、ここで待たなきゃならないのか…

 面倒だな…

 とにかく限定ライブと限定フィギュアというレアもんをゲットしたい多摩川だった。


 列に加わる多摩川。

「あついな」

 今日は気温が30度を超えていた。並び続けて30分が経った頃、路地の間に人影が見えた。こちらの方を見ている。

「K田」

 ちょうど店と店との間の、用具で阻まれている場所にK田が立ちすくんでいた。

 でかい体つきをしているためすぐにK田だと分かる。


 K田は、よく見ると多摩川を手招きしていた。

(何だよ…)


「おい」

(こんな、人いるところだから、まあ、悪さはしないだろう)多摩川はそう思う。

「たま川」

「何」

「ちょっと、貸してくれ。血」

「おま。そんなフランクリーに…やだよ」

「なんでだ」

「あのな・・・今どき献血でも血を取った後でいろいろともの、くれたりするのに・・・おまえなんかにただであげれるわけがないだろ。」

「は。」

「知らんのか。」

「知らん」

「あのな。ちょっとこっち来い」

「献ケツ?」K田は献血へ行ったことがないようだ。

「いいから。」たま川は人目を気にしてK田を手招きする。

 しぶしぶ、物陰からたま川の方へと歩いてくるK田。


 その間たま川の並ぶ列は少しずつ進んでいるが、炎天下のためにたしかにそこに立って待っているだけで喉が渇いてくる。


「じゃあなんで、瑛美はいいんだ。」


「お前なんかに関係ないだろ」


「お前は血が濃いんだから、問題ないだろう」


「社会のことわりを知りなさい。」

 たま川がK田の耳の極近くに近づきながら言う。

「あん?」

 とK田。

「だから、お前がほしいときにほしい分あげられるわけじゃないっていうこと。こっちも生きてるんだから。」

 ・・・K田は考えているようである。


「あ~あつい」たま川が思わずつぶやく。


「たま川。お前が少しは吸血鬼のことを少しは知っているようだから話すが・・・」

「うん」

「もしここが砂漠だとするだろう。・・・それが俺たちの食糧事情だと、思え。」

「成程。」

「お前らみたいにコンビニやスーパーで、たべものが買えるわけじゃない。この世は、砂漠だ。それで、のどがカラカラに乾いてるとするだろ。」

「うん」

「それで、自販機があったとする・・・砂漠の中に、たったひとつだけ。それで、お前には金がないんだ・・・いつも、いつも。想像してみろ」

 たま川も、K田がいうことを考えてみた。


「たしかに・・・」金を持っていないっていうのはきつい。「お前なら、どうする」

 へ・・・

「俺ならこうする」

「へ?」

 K田はたま川の襟首をつかんでそのまま、街のど真ん中で軽々と持ち上げてしまった。かるがると身体を持ち上げられ、視界が急に変わったかと思うと次の瞬間からぐぐぐ・・・と首がしまっていくたま川。

「出せ!」

「はあ!?」

「出てこ~い!トマトジュース!トマトジュース!」

 ぶんぶん!たま川を宙でゆさぶるK田。

(はっっ)

 さらにK田が声を張り上げたので、さすがに、列がざわついて来た。


 けど、どうすることもできないってわけじゃないだろ・・・

 ドライバーを持ってきて機械を壊すとか、周りの人と相談するだとか・・・うぐぐぐ。

 K田はもはやたま川には自分の正体がばれているためか、学校内のように素性を隠そうともしていないようだ。K田は、吸血鬼特有の物凄い腕力でたま川を揺さぶる。たま川の足はまだ宙に浮いたままだ。

(こんなに、元気があるじゃないか・・・)砂漠にいるんじゃないのかよとたま川は思っていた。いや、元気だから、腕力で開けれると思っているのかも・・・

「あ!」

 付近を、多摩川達と同じ中学のの生徒が通ったのを見たので、たま川が指をさして声をあげる。同じ制服を着て歩く生徒を見てすかさず手の力を緩めるK田。

 とそれに乗じてもとの場所へと降りるたま川。

「ごほっごほっ。はー、はー。」

「血くれ。1リットルでいい。」

「死ぬだろ。」

「死にはしない」


「お前はな」

「知らんがな」「そういうことじゃなくって」

「はん?」

「だから、吸血鬼が社会に溶け込むために、K田。おまえも方法論を見つけたほうがいいんじゃないのって言ってるの」

「なんだその、ロンみたいなのは」

「そうだよ・・・

 カネ・・・そうだ。お前にとってのカネを見つけてこいよ。」

「カネえ?」

 K田は嫌な声を出す。「そう」たま川はそう言って、瑛美のことを思い出していた。

 カネ・・・か。金なんて別になくったって・・・

 多摩川は、犬好きの人が地べたに寝そべって犬まみれの水飲み場みたいになっている状態の動画をあらためて思い出してみた。

(えいみさん・・・)

 わふ!わふ!・・・って。

 ・・・

 ・・・


 いや、そういう問題じゃねーよ。多摩川は首を振る。

(誰だっていいわけじゃない・・・んだ)



「ふ・・・そういうことか。」

 K田はごそごそと鞄の中身を探っているようだ。

「なに」

 K田は財布を取り出した。

 それから多摩川に向って、財布の中に入っていた千円札を取り出してたま川に突きつける。

「ほらよ。」

「ん。」

 多摩川は不意に差し出された千円札を見る。

「ジュース代くらいには、なるだろ。」K田がにやりと笑う。


 たま川は差し出された金を見て、一瞬考え込む。

 俺を買おうと言うのか。

 多摩川は、比喩というものをK田が理解していないというより、うかつなことを言ってしまった自分を恥じた。

 ・・・そうだ。自分はK田が社会に溶け込むための要素を探そうと努めていたのだが、もしかするとそれ以前にまず、砂漠に自販機がひとつしかないことが問題なのじゃないかと思った。この場合・・・

 いや、でもあるんじゃないのか。水飲み場はたくさん・・・

 エ!?

 K田はせかすように「はやくしろ」と言う。


 しかし、これは買春に当たるのか、否か・・・それは俺の同意次第か・・・否か。


「ちょっと・・・考えさせて。」多摩川は額に手を当てながら言う。




 ー夕方ー


 多摩川はさっさと宿題を終えたあと、自分の部屋の中でくつろいでいた。

 その時。ぴんぽーんと階下からインターホンの音が聞こえて来た。それから、少しして母親が階下から自分を呼ぶ声が聞こえた。

 多摩川は階段を降り、玄関に立ち待っていたK田と対面する。


「ほら」

 K田は顔を合わせるなりたま川にブツを差し出す・・・そこにはあんぱん、クリームパンとバンプオブバンバンのチケットと、その限定フィギュアが入っていた。

「オッケー。上がっていいよ」

 多摩川の返事にK田はうなずき、玄関から上がる。やけにおとなしい。


 それから部屋に入ると、たま川は座ってゲームの電源を入れた。

 無言で、ゲームをプレイするたま川。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・おい」

「なに」

「お前、何やってる」

「は・・・だから今俺はこれに集中するから、俺の見てないときにさくっとやっちゃってくれ。はっきりいって気持ち悪いから」

 たま川はK田の方を見ないで言う。

 多摩川は「小学校の集団接種じゃねーんだぞ」と呟くK田のことを無視した。



「・・・・・」

 K田は座り込んでいる多摩川を見下ろしていた。画面の中でキノコにアタックする多摩川を見ながら何か心外だったのだが、食料を目の前にしてたま川がごちゃごちゃ言っていることなど何か聞き分けることもせず、K田がたま川の耳にかみついてしまう。


(これで成立。これがギブ&テイクっていうやつ)


 かぷっ!


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 気付けば、朝だった。「はっ」たま川はベッドの上で目が覚めた。


 ぼおっとする頭で考えるが、昨日の夕方以降の記憶がない。時計を見てみるともう既に朝の11時を過ぎていた。

(・・・・あいつ。やりやがったな)

 たま川は思う。K田が約束以上の血を吸い取ったのだ・・・・。


 母親は早朝に家を出たあとで、目覚まし時計もしばらく鳴りっぱなしだったようだ。多摩川は急いでベッドから降りて自分のことを鏡へと映して見てみる。思った通り耳にうっすらと血を吸ったあとが残るのみで、ほかに何の変化もないいつも通りの自分が映っていた。それから支度を終え、学校へ電話をかけてから家を出た。




 授業を終え、4時限目の終わりにK田の姿を廊下で見かけた多摩川は、背中に向って声を掛ける。


「K田」


「ん」なにごともなかったように答えるK田。


「あのさ。昨日・・・何かしたんだろう」


「は。別に不自然なところはなかっただろ。」

 たま川はK田の顔をじろじろと見ながら、はっと思う。


「K田。まさかお前俺を」

 ふふんとK田は笑う。

 まさか。

 ・・・瑛美とK田との能力が違っていることはだいたいわかっていたはずだ。いや、能力だけじゃなく、育ちも考えていることも、体格もすべてがちがう。・・・普通に育ってきてテレビや歴史を教え込まれる人間の群れの中にいたって、考えてることや意図のごく一部しか知らない相手に、俺は・・・・(からだを・・・)じゃなくって。もし。

 もしも・・・記憶を盗まれたりしていたとしても、それは俺が悪かったってことになる。


(まずいことをした)たま川は思う。

 OKなんていうべきじゃなかったかもしれない。そう言ったせいで、きっとK田は何度でも自分のところへ来るだろう。

 いや、けど・・・

 瑛美とかかわっている限り、自分らが血肉族(けつにくぞく)である限り、多分K田のことはこれからも避けては通れない道だ。


「そんなことよりも、おまえ」

「なに」

「給食の後、俺のところに来い」

「なんで・・・」


「ん~?だから血ぃ吸いたいからだよ。」


 はっ・・・・たま川は思い、「そんなにお前に吸わせるわけないだろう」と言う。


「また、俺から金をせびる気か?お前には慈悲の心みたいなもんがないのかよ」

 K田はなぜだか軽蔑のまなざしを多摩川に向けて言う。

 あるわけないだろ、と多摩川は思い、周りからじろじろと見られていることに気が付いて早々にK田に別れを告げる。「じゃあな」


「腹、減ってるからな。なあ。なあ。


 ・・・たまちゃんって。」


 たまちゃんは既に後姿を見せたかと思うと足早にいなくなってしまっていた。

(K田・・・ころす)・・・・




(あの血・・・やっぱり普通のとは違う。)

 K田は昨日のことを思い出して自分の空腹により気が付いてしまうのだが、例えるならそれはポンジュースとなっちゃんくらいは果汁の割合が違うような気がしていた。






 放課後~

「じゃあねっ!」


 手を振ってかけて行く瑛美と、K田の顔。こころなしか、昨日よりはつやつやしている。

(瑛美・・・あほなやつ)

 特に意味もなく思った。


 瑛美は、K田をスクールの変形型である吸血鬼塾に勧誘しおわり、家へと歩いているところだった。父に相談し、情報を共有して置いた方がいいという結論になったからだった。

(それにしてもあの噂…)

 いま、瑛美達の学校では生徒たちの中で話題になっていることがある。それは、宇宙人がネットワークを持っていて、人体実験をしており今この学校の生徒が狙われているということだった。そして宇宙人が現れたというその目印が、首についた跡と、耳に付いた血痕だというのである。


(やばい)


「わたしもあるの。みて」

 瑛美が見せられた耳たぶの跡。


「う、、ん、、」

 ばれることは無いと思うけど、噂ってこんな風にして広まるのね。放って置いたらどうなるんだろう。父親に相談した方がいいのかも。家路を、とぼとぼと歩く瑛美。

 はあ、でもクッキーを渡せなかった…今日はやけにK田が親切で、行く場所行く場所にK田がいたような気がする。

 たま川くんたま川くんたま川くん…


「あ!」


 ちょうど、横断歩道の向こう岸から、多摩川がビニール袋とでかい無印良品の紙袋を下げて歩いてきていた。

「たま川くん!」


 赤になったままの信号機のまま多摩川が向こう岸で、「あっ」という顔をして瑛美を見て笑う

(カッコいい…

 はあ、はあ、血が、吸いたい…じゃなくって)


 多摩川は横断歩道を渡り終え、瑛美の向かいに立つ。

「どうしたの」


「え?帰り道・・・」

 もじもじし始める瑛美。


「ああ、そうなんだ」


「・・・・」


「「そうだ、これ」」


「「ん?」」



 二人とも、同時に喋った事に笑い合う。

「これ、おにぎり。気づいたら、その…いっぱいできてたから。」


「わたしも…気づいたら、沢山出来てたの。はい」


 二人は道ばたでお互いの手荷物を渡し終えて、互いに足早に現場を去っていった。




 ーーー



 ゲームをしながらクッキーを食べる多摩川と、ベランダで空を見ながらおにぎりを食べる瑛美。


「なんだ、これ。」

 多摩川は色のちがうクッキーを見つけ、匂いを嗅いでから口に放り込む。

 それはただの、滋養強壮入りのクッキーだった。

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ヴァンパイヤの生きのこり! 朝川渉 @watar_1210

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