第173話 真実 ⑥
コンコンと扉をノックすると、中から秘書が出てくる。
秘書に案内されて部屋に入ると、仕事をしている父親がいた。
翔平の存在に気付くと、秘書に目配せして秘書が部屋から出ていく。
秘書が十分に離れると、惣一は書類から顔を上げた。
「何の用だ」
「あの件について、聞きたいことがあるのですが…」
翔平は部屋の中に、少し視線を配る。
「ここで話しても問題はありませんか」
『ほう』
惣一は、翔平の言葉の意味するところに気付く。
椅子から立ち上がると、隣の部屋に通じる扉に向かった。
壁にある指紋認証機に手をかざし、扉を開ける。
入るように目配せされたので部屋に入ると、椅子とテーブルしかない小部屋だった。
鍵を閉めると、惣一は机の上にある機械に電源を入れる。
それが正常に作動していることを確認すると、やっと口を開く。
「ここなら盗聴器の心配はない」
「…あっちの部屋には、その心配があるんですか」
「たまにな」
主に、勝手に家に入る野良猫の仕業である。
人に聞かれたくない話をする時は、この小部屋でするようにしている。
この部屋には厳重に鍵がかかっているのと、惣一と一緒でなければ入れないようにシステムを組み込んでいる。
『それでも、あの娘が本気になれば関係はないが』
しかし今のところは、ここまで踏み込んでくるつもりはないらしい。
「それで、何の話だ」
本題を思い出し、翔平は気を引き締める。
「久遠千晶という人を、知っていますか」
懐かしい名前に、惣一は頷く。
「知っている」
「純の父親ですか」
「そうだ」
あまりにあっさり肯定され、翔平は少し力が抜ける。
「言えないのでは?」
「お前は自分で事実にたどり着いただろう。私が教えたことにはならない」
確かにその通りだが、屁理屈のようでもある。
「父さんの知り合いだったんですね」
「友人だった。同じつぼみのメンバーでもあった」
父親の目元が和らぎ、翔平は少し珍しいものを見た気持ちになる。
こういう風に昔のことを語る姿は、初めて見た。
「母さんも、知っていたんですか?」
「絢子もつぼみだったからな」
あっさりと告げられた事実に、翔平は鉄仮面のまま驚く。
しかし父親には見抜かれているのか、どこか呆れた目をされる。
「私と絢子、翠紫織の3人と共に、つぼみだった」
「4人だったんですか?」
「牡丹の称号に見合う生徒がいなかった」
称号に見合わない場合は選ばれることもないと聞いたことはあったが、実際にあった話を聞くと驚く。
「父さんが久遠の件を俺に任せたのは、純の父親にたどり着かせるためですか」
惣一は、何も言わず頷く。
「何故、ここまで?」
「あの娘のことを知りたいのだろう」
翔平は頷く。
「調べて分かっただろうが、あの娘の出生は複雑だ。首を突っ込むのなら、体まで突っ込む覚悟で調べないと首をすくわれる」
確かに翔平は今回、久遠に関わることだからと慎重に調べた。
純の両親について他のルートで調べていれば、久遠財閥にそれを知られていた可能性もある。
「久遠会長は、純との関係を公表するつもりはないのでしょうか」
「横取りされたくないのだろう」
惣一は、ゆるりと指を組む。
「あの娘が久遠の孫、それも三男の子供だと知られれば、引く手数多だからな」
「湊さんがいるのにですか?」
惣一の視線が、翔平を見据える。
冷たい視線の中に、何かを探る色が見えた。
「それに関しては、言えることはない」
『つまり、まだ何か秘密があるということか』
基本的には、純に口止めされているのだろう。
しかし翔平が自分で調べてきた範囲なら、答えても問題ないと判断しているのだ。
『口止めの約束を破ると、何かあるのか…?』
盗聴器はないと言っている父親がここまで慎重になるということは、何かあるのだろう。
「理事長と久遠会長の仲の悪さは、湊さんと純に関わることですか?」
それについては、惣一は頷く。
「自分の息子をとられたと思っているのだろう。息子が死んだ後、孫もとられたからな」
「久遠会長は、後継者に孫を据えるつもりですか?」
「恐らくな」
確信はないのか、惣一は曖昧に答える。
腕時計を見ると、惣一は椅子から立ち上がる。
「あまりここに長くいるわけにはいかない」
向こうの部屋が無人になってしまうからだろう。
翔平は一度頷いた後に、最後に1つだけ聞いてみたいことがあった。
「純の両親は、どんな人でしたか?」
部屋を出ようとしていた惣一は、足を止める。
「母親は、良家の令嬢とは思えない奴だった。木の上に登っては、一緒に登らないかと誘ってくる妙な女子だった」
病弱な絢子を、よく気にかけていた。
少しおせっかいなところはあったが、周りを明るくさせることに長けていた。
「父親は…」
惣一の表情は、翔平に背中を向けたままなので分からない。
「天才と言えるほどに優秀で、何でもできた」
勉強も運動も、どんな分野でも勝てたことはなかった。
それでも友人として、誇らしかった。
過ぎた能力をひけらかすことなく、誰からも好かれていた。
「…優しい奴だった」
その言葉を最後に、惣一は部屋を出た。
翔平は何も言えずに、その背中を見送った。
薄暗い部屋で、煙をくゆらせる。
白い揺らめきの中に、もう手元にはいない息子の姿が見える。
「…千晶」
あれほど優秀な息子は、千晶だけだった。
清仁よりも、朔夜よりも、何倍も優秀だった。
その秀でた能力を、久遠財閥のために使わせるつもりだった。
「だというのに…」
ぐっと、拳に力が入る。
久遠財閥の次期会長にしてやると言っても、千晶は首を縦に振らなかった。
それどころか、学園を卒業してすぐに女と姿を消した。
『愛する人と共に生きたい』
あれだけ秀でた才能を持ちながら、そこだけは愚かだった。
久遠財閥の会長になれば、全てが手に入るというのに。
たった1人の女と共に生きるために、全てを捨てた。
久遠財閥次期会長の座も。
久遠という名も。
地位も、権力も、金も、全てを捨てた。
その結果、命まで落とした。
「愚かな…」
あれだけ優秀な駒は、千晶しかいなかったのに。
それでもまだ、子供を残していたことだけは救いだった。
千晶によく似た、優秀な孫。
千晶と同じように、栄太朗の優秀な駒となりえる孫。
ふっと白い煙がゆらめき、感情の薄い瞳が栄太朗を見据える。
あの孫は、才能だけではなく見た目もよく似ている。
理知的な目元に、少し冷たさを感じる口元。
栄太朗とは似ていない、人々が羨むほどの整った容姿。
全てを分かっているような、見通すような瞳。
肩につかないほどの髪が、背中を揺らすような長い髪に変わる。
瞬きをした時には、そこにはただ白い煙がゆらめいているだけだった。
「……
栄太朗の小さな呟きは、夢と現の間に煙のように消えていった。
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第六章終わりました。
しばらく投稿はお休みします。
花咲くまでの物語 国城 花 @kunishiro
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