第172話 真実 ⑤
ハロウィンパーティーの次の日。
薄暗い密室で、翔平は1人の男性と向き合っていた。
歳は60歳ほどで、髪には少し白髪が混じっている。
部屋に通されると、男性はすぐに翔平に頭を下げた。
「今回のことは、どれだけ礼をしてもし尽せません」
「顔を上げてください。私は、父の仕事を少し手伝っただけです」
「それでも、私たちを助けてくださったのはあなたです」
男性は顔を上げると、少し疲労の見える目元を和らげる。
「久遠に楯突いた私たちを、助けてくれる人はいなかった。あのままでは、社員たちを路頭に迷わせてしまうところだった。本当に、ありがとうございます」
目の前の初老の男性は、久遠に潰された土建会社の社長だった。
父親から仕事を託され、翔平が助けた会社である。
翔平は相手に椅子に座ってもらうと、自分も向かい側に座って頭を下げた。
「代々続いた社名を守れなかったことについては、お詫びを申し上げます」
翔平は潰れた土建会社を、龍谷グループと付き合いのあるもっと大きな会社に吸収させた。
一度久遠に敵対してしまった会社を守るには、久遠が簡単に手を出せないような大きな会社の傘下に入れることが一番だったのだ。
そのまま土建会社を再建させても、また久遠に目を付けられて潰されてしまえば意味がなかった。
「いえ。私が一番に望んでいたのは、社員たちが安心して暮らすことです。そのためなら、社名の存続など小さいことです」
男性は、ふっと目元で笑う。
「家族同様の社員を守れたのですから、歴代の社長たちも許してくれるでしょう」
翔平もこの社長の性格を知ったからこそ、社員たちの安全を第一にとった。
「少し、お聞きしたいことがあるのですが」
「私に答えられることでしたら、答えましょう」
「久遠ちあきという人について、何か知っていますか」
男性は、驚いたように目を見開く。
「どこで、その名前を…」
「偶然、耳にしました」
本当に偶然だったので、そうとしか言いようがない。
「私は聞き覚えのない名前だったのですが…久遠の一族ですか?」
男性は少し迷いながらも、頷く。
「今は社交界でも名前を挙げられることのない名前です」
「何故ですか?」
「その名前を口にした人物を、久遠財閥が潰していったからです」
久遠の圧力があったと聞き、翔平は背筋がひやりとする。
実際に久遠に潰された人物から聞くと、言葉に重みがある。
「その方は、久遠会長の三男でした」
「久遠会長に、三男がいたんですか?」
衝撃の事実に、翔平は驚く。
「久遠総帥と常務は、歳の離れた兄弟なのでは…?」
清仁は50歳くらいだが、弟の朔夜は30代後半くらいに見えるのだ。
「いえ、あの2人は2つか3つしか離れていないはずですよ」
「…そうなんですか?」
少しショックを受けている様子の翔平に、男性は少し笑みを見せる。
「次男の方は、昔から年齢よりかなり若く見えるんです。しかも自分の年齢をあまり言わないものだから、2人を歳の離れた兄弟だと思っている人は多いんですよ」
翔平のように勘違いしている人間は多いだろう。
それほど、朔夜は若く見えるのだ。
「久遠家は、少し複雑な家でしてね。長男以外は、愛人の子なんです」
新しく聞く話ばかりで、翔平は言葉が出ない。
「それも、次男と三男も腹違いなんです」
「…ということは、正妻以外に愛人が2人いるということですか」
「いた、というだけです。今はいないはずです」
男性は少し言いにくそうにしながら、話を続ける。
「愛人であった2人は、若くして亡くなられたようです」
それも新しく聞く話である。
どうやら翔平の知る社交界では、久遠に関する話はだいぶ伏せられているらしい。
「何故、三男のことを話題にさせないようにしたのでしょうか」
「詳しい理由までは分かりませんが…その方、
「長男と次男がいるのにですか」
「千晶さんは、三兄弟の中で一番優秀な方でしたから。久遠会長も次男ですし、そのあたりはあまり気にしないのかもしれません。跡取りであった長男を追い出したのは有名な話ですが…」
少し話し過ぎたと思ったのか、男性は口をつぐむ。
翔平はその様子を見て、あまり深追いすることをやめた。
「久遠会長の三男は、どんな人でしたか?」
「見目がよく、人当たりがよく、優しい人でした。ですが、静華学園を卒業後に姿を消しました。亡くなったという話もありましたが、詳しくは分かりません」
「もしかして、つぼみの1人でしたか?」
「あぁ、そういえばそうでした」
『やっぱり…』
純を見て「ちあきくん」と呟いた女学院の理事長。
つぼみのメンバーで、静華学園を卒業後に姿を消した「久遠千晶」。
間違いなく、久遠栄太朗の三男が純の父親だろう。
『ということは、純は久遠会長の孫になるのか』
新たな事実にたどり着き、翔平は愕然とする。
今現在、久遠財閥に後継者はいない。
長男の清仁は結婚はしているが子供はおらず、次男の朔夜は独身である。
『一番優秀だった三男…』
純がその子供だとすれば、久遠があそこまで純に固執する理由も分かる。
実際に純は、非凡な才能を持っている。
『いや、待てよ…』
翔平は、自分の思考に待ったをかける。
『狙うなら、長男の湊さんじゃないか?』
才能の面で言えば純には敵わないが、湊も十分優秀である。
普通なら、妹ではなく嫡男の方を狙うだろう。
『今までに、湊さんが狙われていたこともあったが…』
相手が久遠かは分からないが、湊が誘拐されそうになった場面に居合わせたこともある。
しかし湊を狙うなら、純をあそこまで執拗に狙う必要はないはずだ。
『湊さんがフランスに行ったからか…?』
湊をフランスから呼び戻すために、純を狙っているとしたら。
『あり得なくはないが…俺だったら、湊さんを直接狙うな』
日本にいる純を狙うより、フランスにいる湊を狙った方が簡単である。
『…分からないことがまた増えたな』
しかし、一番知りたいことは知れた。
「どうやら、私はお役に立てたようですね」
男性の声に、翔平は視線を上げる。
孫を見るかのように、優しい目で翔平を見ていた。
翔平は居住まいを正すと、男性に頭を下げた。
「貴重なお話を、ありがとうございました。あなたから聞いたということは、誓って外に漏らしません」
「あなたのことは、信頼しています。その心配はしていませんよ」
男性は少し微笑んだ後に、落ち着いた瞳を翔平に向ける。
「今回、私たちの会社が久遠に圧力をかけられたのは、依頼された仕事を断ったからです」
「はい。聞いています」
たったそれだけの理由とも言えるし、それだけの理由で一つの会社を潰せるほど久遠の力が強いとも言える。
「依頼された仕事は、屋敷の中に座敷牢を造ることでした」
「座敷牢…ですか」
座敷牢とは、屋敷の中で人を軟禁、監禁するための部屋である。
素行不良な人間の行動を制限するためや、外に出したくない身内を隠すために使われた。
『久遠邸に、座敷牢…』
「誰を、入れるつもりなのでしょうね」
ひやり、と翔平の背中に冷たいものが落ちる。
「私たちの会社が久遠に潰されたのは、ただ仕事を断ったからだけではないでしょう。その仕事内容を知ってしまったからこそ、潰されたのだと思います」
男性は静かに、淡々と言葉を続ける。
「同業者からの話ですと、久遠の依頼は別の会社が引き受けたそうです」
ということは、久遠邸に座敷牢はつくられたのだ。
男性の静かな視線には、翔平への心配が見える。
「久遠の家は、闇が深い家です。あなたが何のために久遠を調べているのかは分かりませんが、十分に気を付けてください」
男性の忠告に、翔平はしっかりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます