第171話 真実 ④
女学院の生徒会メンバーを前にすると、島崎杏香はすらすらと喋った。
つぼみは怖くないが、自分の通う学校の生徒会メンバーは怖いらしい。
付き合った相手がヤクザの若頭で、その恋人の言うままに薬物を広めていたらしい。
「そして、静華学園でも薬を広めるように指示されたのですね」
雫石が微笑みを向けると、島崎杏香は苦い顔をする。
「さっき見た通り、失敗しました」
「私が言っているのは、今日のことではありません」
顔色を青ざめる島崎杏香に、綾小路蝶子は眉を寄せる。
「どういうことですの?」
「島崎さんは、静華学園に通う複数の友人にも薬を勧めていたんです。薬物であることを隠して」
「そんなことを…」
手鞠は少し青ざめた顔で、島崎杏香を見る。
女学院だけでなく、静華学園にも広めようとしていた事実に青ざめているのだろう。
「幸いその生徒たちは自分で気付いたようで、つぼみに知らせてくださいました」
直接学園内で起こったことではないものの、危ないと感じた生徒が投書してきたのだ。
ミシェーレ女学院の生徒から、薬物を勧められたと。
「だから、あなたたちはここまで協力的だったのですね」
納得したように篠宮忍が眉をしかめる。
「外部の問題に、何故ここまで協力的なのか疑問でした」
「この合同パーティーも、私たちがつぼみの皆さんに手を借りにくるためのものだったのですね」
「静華学園の理事長は、無駄なことをされない方ですから」
静華の理事長もこの件を知っていると知り、生徒会メンバーの表情が険しくなる。
「静華学園としては、今回の件で女学院側に求めることはありません。島崎さんの処分も女学院側に任せます」
「どういうつもりですか」
疑うような篠宮忍の目に、雫石は微笑む。
「最終的に、静華学園に薬物は広まっていませんから」
「それだけで許すと?」
「うちに下手に手を出しても、うまみがないって分かってるんでしょ」
七緒凛は、面白くなさそうな目をつぼみに向ける。
「大人との繋がりも薄いし、静華ほどお金も持ってないし、つぼみみたいに権力も持ってないし。あたしたちには、つぼみに返せるものがないもん」
雫石は微笑みのまま、無言で通す。
「あーあ、面白くない。つぼみがこんなに早く犯人見つけちゃうなんて」
「七緒」
篠宮忍に諫められても、七緒凛は言葉を続ける。
「あたしたちだって一応探したのに、全然見つからなかったじゃないですか。それなのに、つぼみはたった1時間で見つけちゃうなんて」
「私たちが力不足ということは、認めざるを得ません」
手鞠が静かに綾小路蝶子に視線を向けると、綾小路蝶子は頷く。
「つぼみの力を借りなければ解決できなかったのは事実です。犯人を見つけてくださったことには、感謝いたします」
思っていたよりも素直に、綾小路蝶子は礼を口にする。
「お力になれて良かったです」
雫石もにこやかに対応し、女学院側が嘘をついていた事実などなかったかのように会話を進める。
ここで女学院側の嘘を指摘しても、どちらにもメリットはない。
つぼみとしても、交流のある女学院側との関係を悪くするつもりはない。
「それでは、失礼いたしますわ」
綾小路蝶子が立ち上がり、篠宮忍は島崎杏香の腕を掴む。
扉に向かう生徒会メンバーの背中に、雫石は声をかける。
「もし何かお困りごとがありましたら、また声をかけてください」
「つぼみが動くのは、静華学園のためだけなのでは?」
「つぼみとしての私は、そうです」
綾小路蝶子は、雫石の方に少し振り返る。
「ただの雫石でよろしければ、力になれます」
優希の名を口にしない雫石に、綾小路蝶子の眉がかすかに動く。
「つぼみの牡丹でもなく、優希家の次女でもない私にできることがありましたら、ぜひ声をかけてください」
「………」
綾小路蝶子は何も言わずに再び前を向くと、そのまま部屋の外に出ていった。
篠宮忍がそれに続き、手鞠はつぼみに一礼する。
七緒凛は軽く手を振って、生徒会メンバーは応接室を退出した。
扉が閉まり、音にならないため息がいくつか落ちる。
事前に分かっていたこともあったとはいえ、パーティーの最中に犯人捜しというのはなかなか大変だった。
『優希も、令嬢だからな』
今回の女学院側の心情には思うところがあったのだろう。
純も令嬢ではあるのだが、雫石のように女学院側に同情した様子はない。
いつも通り無表情に近いが、どことなくいつもと違う雰囲気がある。
「どうかしたのか?」
翔平が声をかけると、素早く視線をずらされる。
『…何かあったな』
しかし翔平に何か聞かれると察したのか、足早に応接室を出ていった。
「おれたちもパーティーに戻らないとね」
「そうだねー」
閉会の挨拶もしなければいけないし、ずっと会場を空けているのでさすがに戻らなくてはいけない。
「発信機も集めないとだしねー」
会場を出る時に集める予定なので大丈夫だとは思うが、全て回収しないと後々面倒なことになる。
「僕と凪月は早めに会場の出口に行っておくよ」
「助かる」
あの発信機を作ったのも2人なので、回収は2人に任せることにした。
晴も楽団と打ち合わせをすると言って、先に会場に戻っていった。
翔平は雫石と会場に戻りながら、睡眠不足の目元をほぐす。
「体調は大丈夫?」
「寝れば大丈夫だ」
最近はつぼみの仕事やパーティーの準備、龍谷グループの仕事などが重なって多忙だったのだが、ようやく一区切りついた。
「失礼。つぼみの方かしら」
上品な声に話しかけれて振り返ると、中年の女性がいた。
赤茶色の目に鼻が高く、ほりの深い顔つきをしている。
西洋風の容姿に、さすがの翔平も相手が誰であるか察する。
「ミシェーレ女学院の理事長、クレージュといいます。今回は、本当にありがとう」
女学院の理事長は、翔平と雫石に深く頭を下げる。
「翠理事長とのお話はいかがでしたか?」
雫石が尋ねると、女学院の理事長は困ったように眉を下げて微笑む。
「相変わらず厳しいお方ですね。きちんと、相応の見返りを求められました」
今回、つぼみから女学院側への見返りは求めていない。
その代わり、理事長同士でのやり取りがあったのだ。
つぼみも詳しくは知らないが、今回の指令の目的はどうやらそこにあったらしい。
女学院の理事長はふと視線を動かすと、驚いたように目を見開いて固まる。
「…ちあきくん?」
女学院の理事長の視線の先を見ると、パンを頬張っている純がいた。
『…ちあき?』
聞いたことのない名前である。
「お知り合いがいらっしゃいましたか?」
視線の先に気付いた雫石が、不審に思われないように会話を繋げる。
理事長は、自分の発言に気付いたのか口元に手をあてる。
「ごめんなさいね。昔会った人によく似た人がいた気がしたの」
「もしよろしければ、どんな方だったのかお伺いしてもよろしいですか?」
「私が女学院の生徒だった時に、静華学園の生徒だった男の子よ」
翔平と雫石は一瞬目を合わせるが、過去を思い出しているらしいクレージュはそれに気付いていない。
「何度か遠くから見ただけだけれど、とても格好良い男の子だったの」
「ご友人だったのですか?」
「いいえ。そんなに気安く話しかけられる人ではなかったわ」
「それは、どうして…?」
純粋に疑問に思う翔平に、クレージュは声を落とす。
「その子が、久遠の一族だったからよ」
「「!!」」
驚く翔平と雫石に、クレージュは少し喋りすぎたと思ったのか口を閉じる。
「あら、ごめんなさい。お礼を言いに来たはずが、お喋りをしてしまったわ」
上品に話を戻すと、再び今回の礼を伝えてクレージュは去っていった。
翔平と雫石は、会場の入り口にただ佇む。
「純によく似た、ちあきという人」
「昔に静華学園の生徒だった人で、久遠の一族」
2人が会場に目を向けると、純の姿はもうなかった。
「…純のお父様のことかしら」
「間違いなくそうだろうな」
しかし、翔平は久遠家に関する記憶を辿る。
「久遠ちあきという名前は、聞いたことがない」
「社交界に出ている翔平くんが知らないということは…隠されているのかもしれないわ。つぼみの部屋の記録のように」
ゴーンと、鐘が鳴る。
パーティーの終わりを告げる鐘だ。
ハロウィンは終わり、仮装を解かなければいけない。
「明日、久遠の話を聞きに行く予定がある」
以前から久遠の話を聞くために予定を合わせていた人で、やっと互いの予定が合ったのだ。
「そこで、久遠ちあきという人のことを聞いてみる」
「何か分かったら、私にも教えてね」
「あぁ」
翔平は頷く。
「詳しいことが分かるまでは、純にも気付かれないように気を付けてくれ」
「分かったわ」
純の父親が久遠の一族かもしれない。
それは衝撃的な事実すぎて、2人はまだ受け止めきれていない。
しかし、今はつぼみとしてやることがある。
鐘の音が鳴り止むと、翔平と雫石はつぼみとしてパーティー会場に戻った。
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