第3話 ボス、じゃあ行きますか!

 銀河に君臨する惑星スロランスフォード総督、リチャード・デボンフィールド大佐はいつだって完璧な男。軍神のような肉体、短く刈り込まれ、霜柱のように立ち上がった白金の髪はあまりにもワイルドで、ビジネススーツには到底似合わなさそうなのに、氷河の白と評される瞳と相まれば、なぜか気品さえも醸し出した。

 それもこれも、銀河中を魅了する最上級のスマイルゆえだ。それは、一切の感情を包み隠す天下一品のポーカーフェイスならではの技。それを少しでも受け継ぐことができた私は幸せ者だと思う。

 本能によるコンピューター以上に正確な危機回避能力とか、現場の風向きを瞬時に読み取るスマートさとか、最後の一人までを自分で連れ帰ることができるような驚くべき肉体とか、どんなに頑張っても、それらを私が手に入れることは不可能だ。けれどポーカーフェイスだけは。アイスプリンセスなんていう二つ名は、ありがた迷惑でしかなかったけれど、裏を返せばそれは、父の偉大さを引き継げたという証なのだ。


 今こそ、それをフル活用するべきだと思った。少佐から手ほどきを受けた巧みな話術、「籠絡」に「懐柔」でありとあらゆる情報を引き出す。もちろんそこに、全ての怪しさを瞬く間に霧散させる笑顔を貼り付けて。これ以上の武器があるだろうか。それはまさに誇るべき私だ。

 実生活では決して必要以上に甘えたりはしないけれど、今回の任務では腕に腕を絡めて、時には頬を寄せ合い、溺愛カップルを装おうわけで、私的にはそれは、不器用な父親に、これまた不器用な娘が甘える最大のチャンスのように思えた。

 この先あるのかないのか、いやきっとありえないだろうこの「相棒バディ」作戦は、私にとって大きなものになるような気がした。思えばボスとこんな風に組んだことはない。その能力を直に目の当たりすることはなかったのだ。聞かされる、教えられる情報があまりに多くて、知っている気になっていただけで。初めての挑戦。私は、私なりのやり方でボスを援護することを心に誓った。


「ボス、何色がいいですか? お好きな色のドレスにしますよ。ああ、これ、経費で落としていいですよね? プレタポルテの工房に急ぎで発注します」

「おい!」

「このオークション、銀河における億万長者の密かなる会合なんですよね。まさかバーゲンセールで買ったもので通用すると?」

「いや、それは……」

「ですよね」

「だけどほら、そこはお前、お前の力量だろう。ガラス玉つけててもダイヤみたいな」


 私は眉をひそめ、ため息をつきつつかぶりを振った。


「成金ならいざ知らず、組織の人間には無理だと思いますよ。人としてクズでもプロですから。残念ですが、本物には本物を見抜く目があります。簡単には騙されてくれないでしょう。まあ、ボスの方は問題ないですね。こういう時、歩く広告塔としての役割はありがたいですね。経費削減に大いに貢献できます。私のドレスが特急料金でもなんの問題もありません。この間の記念式典パーティーで使ったあのタキシードを持っていきましょう。あ、でもいいですか、絶対に汚さないでくださいね。あれ、目玉が飛び出るほどのものですから。何かあったら私が後で少佐に怒られます」

「マジか……命がけの任務がタキシード一着に負けるのか……」


 大げさに肩を竦ませたボスは、けれどなんだか嬉しそうに言った。


「まあ、ドレスはお前の好きなようにしろ。そうだな……色はブルーで頼む。晴れた空みたいな色、な」


 間髪入れず私は返した。


「はい、中尉の瞳と全く同じものを用意しますから」


 それを聞いたボスが照れ臭そうに笑った。初々しい少年のようだ。滅多にお目にかかれない類のその微笑みに、寂しさから解放され、ボスは今幸せなのだと私は感じた。気がつけば、私も微笑んでいた。

 

 さあ、戦いの火蓋は切って落とされた。この案件が成功したからと言って、世界が平和になるだなんて、そんな生ぬるいことは言わない。けれどこうして一つ一つ、徹底的に潰していくことがDF部隊の役割だ。誰も知らないところで淡々と任務を遂行する。誰かに褒められたいわけじゃない、ありがたがってもらう必要もない。この世界に自分が生まれ落ちた意味を、生きる意味を教えてくれたのはボスであり、この仕事だ。


 私は中尉の話を思い出す。大聖堂に響く天使の歌声を、そこに輝く白い花たちを。聖母のような青いドレスをまとい、天上の世界をこの銀河に広げよう。ボスとならそれが可能だと思った。

 きっとやれる。内戦で、任務で、DF部隊が見つめてきたもの。誰かのために心を砕き、涙を流したことのあるものは、決して簡単に屈したりはしないのだ。理不尽な世界の中で、それでも一筋の光を、諦めることなく追いかけていけるから。


 ふと顔を上げれば、スロランスフォードの秋が眼下に広がっていた。燃えるような紅葉。目の前にあるものにこれほど感動できたことがあっただろうか。着任してまだ1年。けれどこの星へ来て得たものの大きさを私は感じずにはいられなかった。命あることを心から喜びたい衝動がこみ上げてくる。未来などわからない。でも今この瞬間が何よりも愛おしかった。


「で、何色のドレスにしたのかな?」


 スケジュール調整に没頭していたはずのウィルが微笑んだ。ボスといい少佐といいウィルといい。これだからできる男は食えない。彼らにはどうやら多くのアンテナがあるらしい。


「ブルーよ」

「へえ、それはいい選択だね」


 目を細めて満足そうなウィルがとんでもなく優しい声色で続けた。


「きみの流れるような綺麗な髪は、総督と同じプラチナブロンドだ。薄く透き通ったグレーの瞳は氷河の白。まさに穢れなき存在。光の白、全てを受け入れてくれる色。きみにはきっとどんな色も似合うだろうけど、でも……青が一番似合うって、僕は思うんだ。信じてるよ。二人で楽しんでおいで」

「ウィル……」


 ああ、ここにももう一人、晴れ渡る空のような瞳を持つ人がいた。私は彼の青を覗き込んだ。魔を弾き、悪しきを砕く聖なる色に、私たちは固く守られているのだ。きっと勝つ。最高の相棒バディに背中を預けるこの勝負は、互いに愛する人の心に支えられら私たちの圧勝なのだと、私はそう確信した。

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天上の青を纏いしきみと クララ @cciel

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