第2話 ボス、秘密が多すぎます……

 その時、ちょうどノックの音が響き、最大の難関が飛び込んできた。ウィリアム・アーチャー・ハモンド、ボスの言う「あいつ」である。まだ心の準備ができていなかったのにと青ざめる私。少佐の根回しがどこまで功をそうするか、もはやそれにすがるしかない。


「総督、これは一体」

「まあまあ、落ち着けよ、ハモンド。なんのことはない、潜入捜査だ。相手から情報を引き出し、現場を抑える。ただそれだけだ。何も怪しげな行為に及ぶとか、危ないことはなにもない」

「当たり前です。二人で出掛けて怪しげな行為とかなんですか、そこはもう、本当にお願いしますよ」


 一応、問題のない程度には作戦内容を聞かされているのだろう。ウィルは思ったよりも落ち着いてはいたけれど、危ういバランスが見え隠れしてハラハラする。私に対しては何かと過保護すぎるウィル。この人も怒らせると手に負えない。ボスがいらないことを言わないことを祈るばかりだ。


「ハモンド、心配することはないぞ。こいつはな、こうしてめかしこんで黙ってれば、最高にいい女だが、ガキの頃から俺が鍛えてきたからな。会場一つにわいてる雇われボディーガードなんぞ、こいつにとってはゼンマイ人形くらいにしかならん。スローモーションの軽量玩具だ。なんならいっぺんに会場ごと吹き飛ばすか?」

「ボス!」

「総督! ……洒落になりません」

(え? ウィル? ちょっと?)

 

 声を揃えてボスを戒めたかと思いきや、なにやらウィルの最後の一言が怪しすぎる。確かにボス率いるDF部隊の秘密兵器だと言われて久しい。だけどそれはいざという時であって、普段は……。文句の一つも言おうと、ウィルを振り返ろうとした時、ボスが幾分声を潜めて口を開いた。


「冗談だよ。大丈夫だ、目立ったことはしない。今回は捕獲してなんぼだからな。大人しくしておくよ。その商品とやらをありがたく眺めたりなんかしてな」


 その言葉に、脳内で情報のあれこれが点滅する。拉致された女性たちの写真。人を人とは思わない仕打ち。それに激しい怒りがわき上がる。けれどどんなときも冷静であれ。私は目頭を押さえ、軽く頭を振った。


「演技だとしても吐き気をもよおしますね」

「まあな」


 この事件に関して、これ以上はウィルに聞かせたくなかった。そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、ボスが明るい声色で思わぬことを続けた。


「まあ、俺としても、下手にあいつの機嫌を損ねたくはないからな」

「え?」

「並んだ美女に色目でも使おうものなら、ぶっ飛ばされそうだ。透過率85%くらいとはいえ、足の先まであるフェルはそこそこ破壊力があるからな。あいつはあれで意外と腕力があるんだぞ。研究の合間には体作りに余念がなかったしな」

「はあ?」


 もう今日は「はあ?」の連打も許されるだろう。アホ面オンパレードで結構だ。あまりにも想像を絶するあれこれに、私は今度こそポーカーフェイスを投げ捨てた。


「ボス……一体なんの話ですか! もしやそれが例の! そのサンプルは使わないって言いましたよね。それともなんですか、そのサンプルは培養とかしなくて色々なことが可能なんですか?」

「おっと。口が滑っちまったか。まあ、色々あるんだよ。天才の作るものは我々凡人には到底理解できないんだな。まあ、なんだ、あれだ。そう言うこともある。例えば、ということにしておこうか」

「……」


 驚きすぎてもはやアホ面さえも発動しなかった。私は力なく歪んだ微笑みを浮かべる。アイスプリンセスという二つ名を持つ自分にも、そんな表情ができるのだと思えことがせめてもの救いだ。しかし、そんな私にボスは次々と爆弾を投下してくる。


「そうそう、ティナ。マローネ・デスペランサを自宅の温室いっぱいに運んでおいてくれないか」

「はい、準備はできてますから、いつでもそれは大丈夫です」


 反射で答えたものの意味不明。確かにボスはマローネ・デスペランサを溺愛している。小さくて美しい花。でもなんで、ここで花? 怪しいことこの上ない。けれど続くボスの言葉に、疑問はストンと腑に落ちた。


「この任務が終わって帰ってきたら、1週間は休暇だ。ティナ、たまには旅行でもしてきたらいい。そうだな、久しぶりにカスターグナーに行ってもいい季節なんじゃないか? 景色もいいだろうし、食い物も良さそうだ。ああ、ハモンド。お前もいいぞ。ここんところ働き詰めだったからな。少しは息抜きが必要だろう。その間、俺は温室でゆっくりとくつろいでるから、留守は心配するな」


 耳障りのいいご褒美の話。けれどそれは先の話。作戦の成功あっての休暇を、なんとも楽しみに口にするボスに、気が引き締まる思いがした。この任務が、それだけのご褒美に値するものだということ。今まで知らない何かに遭遇することは免れないだろう。

 だけど怖くはなかった。なぜなら……相棒バディはボスだからだ。どんなに悪態をつこうが、これほどの相手はいないだろう。命をかけるならこの人がいい、私は素直にそう思った。 

 それに、ボスの願いは私にはとんでもなく嬉しいものだった。いつだって自分の事は後回しの人、甘え下手の人。マローネ・デスペランサを運び込んだ温室で至福の時間を過ごしたいなど、まさかボスの口から聞けるとは思わなかった。私は胸がいっぱいだった。


 そんなこんなで、あまりにも奇想天外な展開にやっと気持ちが落ち着き、さてウィルは? と横を向けば、頭をフル回転させてスケジュールを組み直している最中だった。

 もはや私たちの捜査内容についてはなんの未練もないらしい。まあ、その方が私も気兼ねなく行動できてありがたい。少佐が私に要求しているあれとかこれとか……。でも、そんなことができるようになったのもすべてウィルのおかげだから、心のうちで感謝こそしておく。


 一つ息を吐き出し、私は入念に組み上げられた計画にもう一度目を通す。浮かび上がる暗号文字。事の重大さは一目瞭然だ。

 連邦政府を悩ませていた誘拐拉致事件は人身売買へと繋がっていたのか……。そのピラミッドの頂点に位置する巨額の富を生み出す闇オークション。どうやらそこで、公にはなっていない「忽然と姿を消した名家の子女たち」にもお目にかかれそうだ。


 このシベランス銀河における、長い内戦の爪痕は完全に癒えたわけではない。いまだ混乱する惑星、疲弊している人々の生活もあるのだ。連邦政府はその調停や救済に乗り出し、日々、目をみはるスピードで政策は打ち出されているけれど、まだまだ問題は山積みだ。その隙をついて、腐った組織は蔓延っていく。違法武器取引に止まる事なく、ついには人身売買まで。そしてそこには平和を貪る裕福層の影も。おぞましいにもほどがある。

 DF部隊は連邦政府の精鋭部隊だ。いつだって最前線で戦う。ボスが今回の件に自ら乗り込もうとしたということは……。ボスが休暇先で見つけ持ち帰ったものがどれだけのものか、私には想像もつかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る