その目は自由という名の空をみる
世界に等しく朝は来る。
老人にも、人形にも、等しくだ。
だが、人形は眠ることを知らない。老人が明かりを落として眠りについてからも、視界を閉ざすことはなくただただ暗闇の世界を見続けた。それは退屈で楽しいことも何もない。それでも人形は見ることをやめなかった。
すると暗闇に光が差す。そして視界は少しずつ、あしかし確かに明るく輝く世界に溢れていく。人形も等しく朝が訪れた瞬間だ。
「おはよう」
老人は人形──ルイへ向けて朝の挨拶の言葉を口にする。
「ボクは寝れない」
「それは悪かった。けれど、久しぶりに動けるようになって初めての朝だろう? 外に出てみるといい」
「……朝は知ってる」
「知識と現実は似て非なるものだよ」
昨晩と変わらず、穏和な口調でありながらもはっきりと物を言うこの老人の言葉は妙に説得力があった。ルイは促されるままに店の外へと続く扉に向かうと、ゆっくりとそれを押し開けた。
ギィと軋む音とともに店と外とを繋ぐ扉が開く。すると眩い朝日が世界を照らし、それはそれは美しい朝焼けに満ちた空間が広がっているではないか。
ルイの認識する知識としては確かに承知している。だが、知識にやっと伴ってきた実感は、老人の言う通りに知識と現実との圧倒的な違いを知らしめた。
「……確かに」
実感のこもった言葉に老人は小さく微笑む。
そんな老人の様子を確認することもなく、ルイはその瞳に朝焼けを映し見惚れていた。
──素敵な出会いがありますように。
ルイはふと、誰の言葉かもわからない言葉を思い出す。確かにどこかで聞いたはずだが、詳しいことは記憶に一つもない。それでも、何故か知っている声と言葉で在ることを本能的に確信していた。
その人の言う素敵な出会い、と言うのはミサのことはもちろん老人との出会いもこういうなんでもない朝焼けですら全てに当てはまるのではないかと思い至る。ルイの目に触れるもの全てが美しいばかりではないだろうが、それも含めて全てが等しく新たな出会いなのだ。
唐突にそんなことを思い浮かべて、ルイはその表情を少し緩めた、そんな姿を見れば、誰もが思うだろう──彼は人間だ、と。
「どうだい? いい朝だろう?」
「……そう思う」
はっきりとしたルイの変化に老人の目が細められる。昨晩、双眸を開いたその瞬間よりも無機質さが薄くなり、豊かとはまだまだ評し難いがほんの少し感情の色の載せられた表情は、ルイの変化を如実に示していた。
「おはよう、二人とも?」
明るい声色がルイと老人に向けられる。それは間違いなく昨晩もここにあった声で、姿を現したのは当然ながらミサだ。
「おはよう。今日はいつもよりも早かったね」
応じたのは笑顔を浮かべた老人だった。
「うん。君の……ルイのことが気になってさ。ついね」
老人の言葉に応えながらもミサの視線も意識も、全てがルイへと向けられる。
「それに、ココロを教えるって……約束したからね」
何を伝えればいいのかわからないけど、と付け加えながらミサは笑った。その笑顔が既にココロであり、ルイの求めるものの一つであることをミサはまだ理解していない。
こうして何気ないやりとりの中で感情が、ココロが、想いが一つまた一つと伝わっていく。
それはきっとルイのかつての主人が望んでいた形であり、今の主人として見定めたミサがあたたかく伝えるものだ。彼が人形から人間になることは叶わないが、人並みに幸せを感じるようになるのは遠くない。
教わったココロは無限に羽ばたき、広い空へと舞い上がる。ルイの見た朝焼けのような美しい空は自由とそしてこれからの期待の象徴だった。
ぜんまいの魔法人形の視るものはかくも美しき つぐい みこと @tsugui_micoto
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