老人は語る

 ミサが店を去り、この場には老人と魔法人形のルイだけが残される。

 彼らの間には無言があるのみ。他には何もなかった。残された紅茶、最低限の明かりが灯る飲みの店、その全てが静寂を体現する。

「ルイ」

 老人の凛とした声が店に響いた。

「何」

 わかりやすく不機嫌な声でルイが応える。自分の望むようにならなかったことを拗ねている様子で、姿こそミサと等しい程度の年恰好を思わせるが、中身は幼い子供のようだった。

「少し話をしようか」

 老人は薄らと微笑んでルイに言葉を向ける。ルイもそれを黙って老人を見つめていた。

「緊張しなくてもいい、私の知る君のことについての話だよ。私がルイ、君を譲り受けたときに言われたんだ。元の主からゼンマイだけを預け受け継がれていると」

「他には!」

 緊張どころか落ち着きをまたしても失ってしまったルイは老人に詰め寄る。

「いや、それだけだよ」

 焦りすら感じさせ、感情の豊かさを見せるルイに対して、老人の様子は淡々と静かなものだ。

 明と暗、有と無、そんな風に言い現せるようなほど正反対な彼らの様子は、すっかり暗くなり部屋の中を映すようになった窓ガラスにくっきりと映り込む。その姿もやはりと言うべきか正反対なもので、滑稽さすら感じさせた。

「焦ることはない。君を再び動かした娘、ミワは君の求めているものをきっとくれるよ」

 老人はさらに続ける。そして、店のスペースの脇の椅子に静かに腰を下ろした。

「そんな気はボクもするんだ」

 ルイは老人を感情のすっかり宿ったガラスのような瞳で映しながら、さっきまでよりは格段に落ち着いた様子で言葉を紡いだ。

「そうだろう。私には全く動かすことの叶わなかった君を、すんなりと起こしてしまったのだからね」

「それには……どんな意味がある?」

 何度も繰り返される老人の言葉にルイは首を傾げた。彼の様子に老人は微笑んで、また口を開く。

「明確な意味は私にも分からないよ。けれど私では出来なかったことが、彼女には出来た。それだけで何か運命に導かれでもしたような気がするじゃないか」

 老人の言葉にルイはやはり首を傾げる。

「よく、分からない……」

「ははは、そうか」

 老人と人形の語る夜は更けていく、それはそれは穏やかで静かな夜となった。

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