後編
当たり前だが、外は凍えるように寒い。
暖かい部屋から出てきたものだから、よけいに肌を寒風が刺してくる。
身震いを一つして、薪を蓄えている納屋まで足早に歩き出した。
「ストロー、」
「ひっ!」
誰かに声をかけられるなんて、これっぽっちも思っていなかったものだから、ひどくビックリして声を出してしまった。
振り向くとアルマスが立っていた。
「な、なんだよ!オバケに声かけられたみたいな反応しやがって。俺もここに着いたらお前が家から出てきてびっくりしたんだからな!」
「なんだアルマスか……そりゃ、こっちは誰もいないと思っているからびっくりするよ!どうしたの、こんな時間に。」
アルマスとは幼馴染で昔からよく遊んだ仲だが、こんな時間に、しかも真冬なのに訪ねてくるなんて今まで一度もなかった。
こんな時間に訪ねてくるということは……もしかして!
「もしかして、おばちゃんかおじちゃんが倒れたの?!大変!ちょっと待ってて、オッカァ呼んでくるから!」
「ち、違うよ、バカ!」
「え?じゃ何でこんな時間にうちに来るのさ。」
「その……あれだ。今日はクリスマ……」
「外で立ち話は寒いらか中で聞くよ。今、薪が無くなって、取りに行ってくるところなんだ。先に入っといて。」
「ぉ、おぅ。俺はすぐに帰るから、気にするな。……薪か。納屋に行くんだな。俺も手伝うよ。そっちだろ。」
「ほんと?ありがとう、助かるよ。珍しいこともあるもんだね。」
家の納屋は納屋と言っても名ばかりで、薪に雨雪がかからないように屋根があるだけの薪棚だ。家の前の道を挟んだ所にあって薪を持って二往復ぐらいする予定だったから、手伝ってもらえるのはとてもありがたい。
「なんだな、その、今日は寒いな。」
「何言ってんの。今日"も"寒いでしょう。」
「……そうだな。
「もうその話は放牧の時にしたよ。どうしたの、なんか変だよ?変なものでも食べた?」
「食ってねぇよ!ったく、せっかく俺が……」
「なに、何か言いたいことがあるなら早く言えばいいのに。」
薪棚に着いたので、手ごろな大きさの薪を持ってアルマスに渡そうとした。
「はい、アルマス、これお願いね。」
と渡そうとして初めてアルマスが何かを持っている事に気が付いた。
「何それ。」
「こ、これは……アレだよ、」
よく見ると、小さい油紙の袋だった。
「アレって何、」
「今日届けに来るものなんて一つしかないだろう!お前に、クリスマスプレゼントだよ!」
?
「ほら、受け取れよ!」
思考回路がいつもの一割くらいしか働かない。
気の利かないアルマスが、今までプレゼントなんて泥団子ぐらいだったアルマスが、オラにプレゼント?
そうか。
どうせ「期待しただろー!ばっかじゃねぇの!」的なあれなんだな。
そう結論付けて差し出された紙袋を受け取った。ゆっくり中に手を突っ込んでみる。
あれ?なんか感触がきちんとしたものっぽい……?そのまま紙袋から出して、手のひらにのせる。
……ブレスレットだ。
この辺りではドゥオッチと言って、この村の民族衣装に使われる刺繍やレースをレザーに施したブレスレット。
「どうしたの、これ。」
「母ちゃんに教えてもらって、作ったんだよ……ちょっと縫い目がアレなのは、ご愛敬だ、」
よく見ると確かに縁取りのステッチなど、いびつな部分があったがたいして問題がない。きれいに作られてある。
「……。」
「な、なんだよ!要らなかったら捨ててくれてもいいんだからな!」
「捨てるなんて、とんでもない!アルマス、ありがとう!」
「ほら、あれだ!お前は全然そーゆーの着けないからな!一個ぐらい着けていてもいいかと思ってな!」
「うんっ!さっそく着けるよ!」
そういってブレスレットを左腕に巻いてボタンを留めようとするが、うまく留められない。
「もー、ストローは妙なところで不器用だな!ちょっと貸せ。」
アルマスはそういうと、オラの腕を取ってボタンを留めてくれた。
「このボタンも、俺がトナカイの角を削って作ったんだからな。」
「アルマスは、器用だったんだねぇ!」
「けっ!知らなかったのかよっ、」
「わー!オラ、こんなの着けたの初めてだ!本当にありがとう!」
「……なんだ、その、似合っててよかったよ、そーゆーの着けてるとお前も女の子……」
「さっき、
「……おぅ、それはちょうどよかったな!」
「あ!ちょっとまって!オラは、アルマスにプレゼント用意してないよ!」
「そ、そそ、そんなのは別にいらな……」
「そうだ!オラの自分で使う予定にしていたククサをもらってよ!別に今年使っていたククサがダメなわけじゃないからね。オラはそれを使えばいいんだし!ちょっと待ってて!」
「ちょ、ちょっと待てよ、そっちに行くなら、ついでに薪を運ぼうぜ。」
「あー、そうだった!嬉しくて薪の事忘れていたよ」
「ほんと、ストローは抜けているなぁ、」
「……。そうだよね、オラ、やっぱり抜けているよねぇ……」
オラはやっぱり、学がないからなぁ……
薪を抱えられるだけ抱えて、家の前までやって来た。
「どうしたんだよ、急に黙りこくって……」
「何でもないよ。薪は後で家の中に入れるから、ここに置いといて。」と、玄関扉の脇に置いて指さした。
「お、おぅ。」
「ククサだったね。ちょっとまっててね。」
アルマスを残して家の中に入った。
「ストロー、遅かったね。外で話し声がしたけど、誰か来ているのかい?」
「うん。アルマスがね、クリスマスプレゼントを渡しに来てくれたんだ。」
「アルマスか!久しぶりだな。入ってもらわないのか?」
「そうだよ、外は寒いしグロッギでも飲んでってもらいな。まだ、遠くに行っていないだろう?」
「え、あぁ。外で待たせているから、そこにいるよ。」
「じゃぁ、入ってもらいなよ。」
オッカァがそういうなら……。オラはドアを開けて外を覗いた。
「ねぇ、オッカァが、中でグロッギでも飲んで行ったらって言っているんだけど……ちょっと寄って行ってよ。」
「……。んー……じゃ、ちょっとだけお邪魔しようかな、」
アルマスは薪を数本抱えて中に入って来てくれた。
「やぁ、アルマス!久しぶりだな、大きくなった!」
「ユッカ兄ちゃん、久しぶり。背はちょっと伸びたけど、まだストローの方が背が高いよ……あはは。ユッカ兄ちゃんは今日帰って来たんでしょ。」
「アルマス、こんばんは。立ち話もなんだから、いつも通り狭い家だけど、座んな。」
「おばさん、こんばんは。」
アルマスが家に来るのは何年ぶりだろう。昔はよく遊びに来ていたのになぁ。
兄ちゃんが気を利かせて、お誕生日席だったのをオッカァの横の席に移動してくれた。
「もう夕食は食べたのかい?うちはシチューなんだけど、アルマスも食べるかい?」
「いや、俺はもう食べてきたんで。ありがとうございます。」
「そうかい。じゃ、グロッギでも入れようかね。」(グロッギ:北欧で冬によく飲まれるベリーとスパイスのホットドリンク)
「アルマス、薪もらうよ。ここ座って。」
アルマスから薪を受け取ると暖炉にくべた。薪が外の気温で冷やされていたものだから一瞬火の勢いが弱くなるが、それもつかの間。すぐに新しい薪に火が移り、煌々と燃え始めた。
アルマスはオラの横の席に着いた。
「オッカァ、オラもグロッギ飲みたい~」
「はいよ。ちゃんとみんなの分も淹れるから安心おし。」
オラも席について、おかわりしたシチューが残っていたのを一気に掻き込んで平らげた。
「ストローは色気がないなぁ。なんだその食べ方は。」
兄ちゃんがそれを見てため息をついた。
何もいう事はありません……。
「アルマスもそう思うだろう?」
「俺は、別に……」
「あ!そうだ。ククサだった。ちょっと待って。えーっと……あのあたりに仕舞ったはずなんだ。」
「おまちどうさま。グロッギが入ったよ。」
オッカァがグロッギをテーブルに運んでくれた。甘酸っぱいくスパイシーな香りが一気に押しよせる。
テーブルの上のグロッギに気を奪われながらも、家にあるささやかな本棚の奥に隠してあったククサを発掘した。
「あったあった。はい、これ。クリスマスプレゼント。って、裸のままだけどね……あはは、」
苦し紛れの苦笑いを添えてアルマスにククサを渡した。
「ありがとう……」
「っとに、ストローは色気が……」
「はいはい、わかったって兄ちゃん。仕方ないじゃない。だって、急だったんだもん。……ついでに兄ちゃんとオッカァにも渡しとくね。」
続けて二人にもククサを渡した。
「毎年同じでごめんね……、へへへ、」
「ありがとうね、ストロー。じゃオラからも今渡してしまおうかね。アルマス、ごめんねぇ、遊びに来てくれているときに。」
「俺の事はお構いなく。」
「そうかい?……ちょっと取ってくるよ。」
オッカァはそういうと、キッチンの奥へプレゼントを取りに行ってしまった。
「ストローはアルマスから何をもらったんだ?」
兄ちゃんの質問にアルマスが、なぜか急にソワソワし出して隣で冷や汗をかいている。
「た、大したものじゃ……」
「これだよ!ドゥオッチ。アルマスが作ったんだって。器用だよね。」
「へぇ、アルマス、すごいな。良かったな、ストロー。」
「うん。」
そこに新しいコルトを持ったオッカァが戻ってきた。
「オラもそのままで申し訳ないんだけどね。ほら、二人に新しいコルトだよ。」
オッカァから渡されたのは、女性用のワンピースのコルトだった。
オラは今まで、ずっと兄ちゃんのお古を着ていたから男性用のコルトしか持っていなかったのだけど……
「オッカァ、俺の分まで作ってくれたの?」
「あぁ。だってお前はもうそれ三年ほど着ているだろう?それにそのコルトはボロボロでストローにお下がりするわけにもいかないからねぇ。ストローもいい年ごろなんだし、もう兄ちゃんのお下がりじゃなくてスカートの方がいいだろう?ちょっと、ストロー、体に当ててみておくれ。」
言われるまま、立ち上がって真新しいコルトを当ててみた。
わ……、本当に女の子のコルトだ……。なんかこそばゆいな。
「うん。ぴったりだね。よかった。」
「……でも、なんか、変じゃない?」
「何が変なもんかね。作ったオラに失礼だよ。やだね、この子は照れて。」
「ストロー、似合うよ!明日からそれ着たらいいよ!」
アルマスがほめてくれるけど、自分で似合うとは思えない……というか恥ずかしい。……から黙ってしまった。
そのまま、黙ったままコルトを外して椅子に座った。
「さ、グロッギが冷めるよ。暖かいものは暖かいうちに、だよ。」
「ところでユッカ兄ちゃん、遊牧ってどんなところを回るの?」
アルマスがとても無邪気にユッカに、旅の話をせがみ出した。
「そうだなぁ……色んなところだよ。ハナゴケが生えているところを探して、大移動だな。こんな真冬で川が凍ってない時はトナカイを泳いで渡らせることもあるぞ。」
ユッカがあれこれと遊牧で訪れた場所の話をはじめた。
その一つ一つが、オラの心にチクチクと刺さってくる。
「へぇ!すごいね!俺も行けたらなぁ……」
「いや、家にトナカイがいるっていうのは、幸せだぞ。財産なんだから。」
「そりゃそうだけどさぁ。今年は今までにないくらい暑い日が続いて作物が育たなかったり、この辺のハナゴケの生育もよくないし、なかなか大変なんだよ。」
「それは遊牧をしていても一緒だよ。12月だと川が凍って渡れるのに、今年は泳いで渡らせる賭けをしないといけなかったからな。」
「……ロード様は、北の民をお忘れになったのかねぇ、」
オッカァが眉間にしわを寄せた。
ここ数年、この土地では天候が良くなくて、苦しい生活を強いられている。年々、オッカァの眉間のしわが濃くなっている……
「ロード様にかぎって、そんなことはないよ、オッカァ。」
「そうだよ。おばさんは心配性だなぁ。」
二人は大丈夫だというけれど、実際オッカァの様に考えてしまうのも仕方がない。
本当は
「オラ、学校行きたい。いっぱい学んで、この村のために働きたい……」
「……な、なに言ってんだよ、ストロー……」
アルマスがオラの肩に手を置いて、ハッとした。
「え?……オラ今何か言った?」
「やっと言ったな、ストロー。そうじゃないかと思っていたんだ。」
「ユッカ兄ちゃんまで、何を言っているの?」
「オラ今、なんか変な事言った?」
「あんたは今、勉強しに学校に行きたいって言ったんだよ、無意識だったのかい?」
オラ……、大変な事を口走ってしまった……
「ち、違うよ!……何ていうか、そうだったらいいなぁっていうか、そーゆーのが夢だなぁ……っていうか……」
だめだ、全然フォローになっていないというか、肯定してしまっている……
「ストロー、我慢しなくてもいいよ。もう本当の事言えばいい。家の事を考えて、ずっと黙っていたんだろう?」
「……。」
「オラも、そうじゃないかと思っていたよ。」
「え?えっ?」
「アルマス、すまないねぇ。遊びに来てもらっているときにこんな話になってしまって。」
「み、みんな、ストローがこの村を離れて、勉強しに行きたいって知っていたのかい?」
「そりゃぁ、家族だからねぇ。アルマスも知っているだろう?この子は昔から学問が好きで、考えることも好きで。でもこの村には、この子の知識欲を満たすほどの学校はないだろう?いつかはこんな日が来るんじゃないかとは思っていたよ。」
「でも、どこで学ぶって言うんだい?学校は大変なお金がかかるって聞いたぞ。」
「アルマス、それがね、ここよりももっと南の村に無償で勉強を教えてくれる学校があるって話なんだ。俺も遊牧で立ち寄った村で聞いた話なんだが。」
「そ、そんな。……ここから通えるのかい?」
「その村に行くまでに一年はかかるそうだよ……。」
「……ストロー、本当に行きたいのかい?」
アルマスがうつむいたオラの顔を覗き込んできた。目を合わせることができない。
勉強はしたい。勉強したら、きっとこの村の為に、オッカァの為に働ける。……いや、それは言い訳かもしれない。オラはきっと、もっと純粋に勉強がしたい。
……でももしオラがこの村を出るとなったら、オラがいなくなったこの家の収入はどうなるんだろう。うちはトナカイのハーレムを持っている言っても数頭だ。これを育てて出荷するのと、オッカァの裁縫だけでは食べていけない。兄ちゃんが遊牧に出てくれているからこその……
ダメだ、オラだけがしたい事をする人生なんて、ありえない……
今まで頭の中で数千回と繰り返してきた問答を鈍い頭で繰り返す。
アルマスの言葉に頷くことなんて、出来る訳がなかった。
「……わかった。行きたいんだな……、」
「オラたちの事は気にしなくてもいいんだよ。オラだって昔はトナカイの放牧をしたもんさ。まだまだ働けるよ。」
オッカァの声が優しく鼓膜を揺らした。
そんな事……出来るんだろうか……
「いや、おばちゃん、大丈夫だ。俺がストローが帰って来るまでこのうちのトナカイも世話してやるよ!どうせ、うちのトナカイも同じ場所を放牧するんだ。同じ事だからよ!」
アルマスは何を言っているんだ……?
「お!アルマスは男だね!」
「やめてくれよ、ユッカ兄ちゃん。ついでだから、そんなに褒められた話じゃないよ。」
「でも本当に、そうしてもらえると助かる。……アルマス、お願いしてもいいかな?」
「……ストロー、本当に行きたいんだな?」
アルマスがもう一度、オラの顔を覗き込んできた。
アルマスのいつになく真剣な声に、アルマスの目を見た。
ひとつ。ゆっくりと頷いた。
「決意は……固いんだな?」
アルマスの目が赤く潤んできたのを、夢の中で見ているような気持で見ていた。
そして、またゆっくりと頷いた。
「……勉強したら、帰ってくるんだろ?」
もちろんオラはそのつもりだ。この村のために働きたい。その気持ちに嘘はない。
「うん。帰ってくる。」
「よし。わかった。ユッカ兄ちゃん、おばさん。俺に任せて。」
「ア……アルマス、本当にいいの?」
「ストローがそうしたいんだったら、そうするしかない!俺はその夢、協力させてもらうよ!」
今日はなんて日なんだろう。あぁ、そうか。今日はクリスマスイブだ。
神さまは、オラになんて大きなプレゼントを用意してくださったんだろう。
「ちょっ、ストロー!」
そう思ったらいつの間にか、アルマスを抱きしめていた。
アルマスを玄関先まで送って星空を見上げた。
オラの新しい門出を祝うように空一面にオーロラが瞬いていた。
手の届きそうなほどに溢れる光の粒が降り注いでいる。一秒一秒、光のカーテンが形を変えて、一度たりとも同じ状態にはならない。全てが新しく、全てが最上だった。
オラ達の村では、オーロラは祖先の囁きだと言う。本当にそうだとしたら、きっと、ご先祖さまは今夜のこの決意を祝福してくださっているはずだ。
だって、こんなにも美しい夜空。極夜に現れた希望の光。
それからオラは春まで色んな準備をして、太陽も顔を出し暖かくなった頃、この村を出発することになる。
オラは生涯忘れない。
なんてすばらしい日。
オラの行くべき場所。
そこにさえ行けば、オラの願いは叶い始める。
そこまで一歩一歩、歩いて行けばいい。
こんな素敵な夜に。
メリークリスマス。
*End*
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