すぐ読めるショートショート
@yk1
第1話 頭の中のゴミ
『もうこんな時間か』
午後十七時。原稿のタイムリミットが迫っている。しかし先へ進めない。寄り道をしようにも、僅かな知恵さえ働かない。あれだ。私の頭を悩ませている。元々とっ散らかった頭だが、それはやけに声が大きい。パソコンはスリープ状態となり、覇気のない自分の顔が映っていた。
私は前を向いていた。嘘ではない。猛禽類の視線の様に、真っ直ぐに伸びていた気持ちを萎えさせるモノがある。それは背後に纏わりついて離れない。
何も原稿を書いている間だけではない。四六時中付き纏うそれから逃れられない。私を寝たきりにさせたいのか。
いったん作業を中断し、机の引き出しを開ける。ノートを取り出し、ペンを持った。その時、ハサミがある事に気がついた。それを見つめほんの少し考える。
取り出したノートから一枚ちぎり、数行を綴った。念のためポケットに入れておこう。
着古した上着に袖を通し、あそこへ車で向かう為に家を後にする。シートベルトに手を伸ばしたとき、若干の痛みが走った。肩と首の境目辺りだ。ごく僅かな痛みに耐えながら、目的地へと車を走らせた。
帰宅した私は、以前の自分自身を取り戻していた。いや、新しい自分になったのか。あるいはその両方か。
ポケットのメモは使えず、予定通りにはいかなかった。しかしうまくいったのだ。
私は苦しみから解放され、2時間ほどで原稿を書き上げた。
頭の中のモヤモヤしたものは、ただそこに存在しているだけで目障りだ。しかし時に思いついたかの様に牙を剥き、襲ってくる。私にはそれが許しがたく、耐えられなかった。その為の行動であり、仕方なかったのだ。
私に気づいた瞬間の、あの男の憎らしい表情が離れない。男の感情としては、驚きだったのかも知れない。しかし私にはそれを理解する事で精一杯だった。
食事をし、入浴を済ませた後だった。落ち着こうと思っていた矢先、後悔の念にかられた。苦しみから解放された気がしていたが、まやかしだった事に気づいた為だ。
こんな日はたいてい眠れない。しかし運が良かったのか、体が熱くなっていた私は寝床へ着いた。明日も今日なのだろうか。そう考えながら目を閉じる。
解決手段は時間以外には存在しないと、自分を騙す事にした。
心は晴れてなどない。晴れる訳が無いのだが、悩まされる事は少なくなった。調子も悪くなく、仕事に集中していた。目の前のディスプレイは色を変えない。
かなりの月日が経っていた。以前のモヤモヤとは違う新たな感情が自分の中に芽生えている。不意に現れた訳ではない。意識外でジワジワと育っていたようだ。解放されたいと思った。
準備を済ませ、車に乗り込みあそこへ向かった。
笑顔の男が私を迎えた。
『今日はどう致しましょう』
『前回と同じ感じでお願いします』
私はポケットの中のメモ書きを握りしめ、自分の小心を恥じた。
すぐ読めるショートショート @yk1
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