第40話 影なる工作
その声でディアナ様はこちらを振り向き、外面のいい笑みを浮かべる。
「あぁ、クレメント辺境伯令嬢。ごきげんよう」
「本日は天気もよく、狩猟会日和ですね。先程チラリと見ましたが、侯爵も参加されている様子。たしか前回の狩猟会でも良い成績を残していたのだと聞いています。本日最も大きな獲物を捧げられるのはディアナ様かもしれませんね」
私がスラスラとそう述べると、彼女は外面を崩し機嫌のよさげな笑みに変わる。
やはり流石は指示書の情報。
先日宝石の指輪を皆に自慢していたものだからてっきり光ものが好きなのだと思い込んでいたのだけど、どうやら“ディアナ様は貢がれ好き”というのは本当だったようである。
彼女は私が第一夫人であるメリナ様を差し置いてディアナ様に獲物が捧げられる事にも、そもそもメリナ様がこの場にいない事にも言及しない事について、特に気にしていないようだった。
それに関しては機嫌がよくなるという風もなく、さもそれが当然のことであるかのように享受する。
その事実に少しイラッとしたのは、絶対に悟られてはいけない。
隠し事が嫌いな私でも、ここは意地でも隠さなければ指示書のないように響きかねない。
顔の筋肉を総動員して、一生懸命取り繕う。
「それにしてもその首飾り、ものすごくディアナ様にお似合いです」
「あらそぉ? まぁでもこれほどの品ともなると、相応の品格を兼ね備えた人間でないと似合わないのかもしれないけれど」
「やはりすごい品なのですね」
「もちろんよ。旦那様にお願いしてこの国一番の細工師に作らせたことはもちろん、そもそもネックレスに使っているこの宝石は、海外から仕入れたものなの」
もし今彼女の鼻が見えたら、通常の何倍もの長さに伸びているだろう。
そう思えるほど確実に、彼女の声色や表情が有頂天になっている。
饒舌な彼女のそれらの言葉に、周りの令嬢・夫人たちも「へぇ」と感心の声を上げる。
中には「流石ですわ」「お似合いです」という声を上げる人もいて、お陰で自尊心で満たされた彼女の声は一層大きくなる。
「そうでなくとも貴重な品だけど、仕入れルートの伝手を持つ人自体も、早々いないのではないかしら」
「なるほど、流石は侯爵様です。しかしそこまでしてもらえるだなんて、ディアナ様が愛されている証拠ですね」
「うふふふふっ」
そんなやり取りをしていた時だ、周りが何やらザワリと揺れた。
何だろうと思いながら周囲を確認し、私も驚き目を丸くする。
こちらに向かって歩いてくる集団が一つあった。
多くの護衛に囲まれている、私たちなんかより格上であると一発で分かる空気感を纏った人たちだ。
「何故、王族の方々が……」
思わず口からそう漏れたのは、彼らは通常狩猟会に顔を出さないと、ロンから聞いていたからだ。
この狩猟会は、貴族たちの交流の場であると同時に、男性は狩猟の腕を、女性は貢がれる物の大きさを競う場でもある。
その中に毎回絶対権威者が参加していては周りが色々と忖度せねばならなくなるからと、王族自ら参加を自重する……というのが通例なのだ。
にも拘らず顔を出した王族に、令嬢・夫人は膝をついての最敬礼を行おうとした。
ギリギリで先方の代表・第二王子が片手を上げて、それを制する。
「楽にせよ。少し用事がてら見学に来ただけだ」
そう言われてしまうと、むしろ彼の心をないがしろにし従わない方が不敬となる。
姿勢を戻し顔を上げると、柔和な表情の第二王子が満足げに頷いてみせた。
貴族の間で彼は、常に物腰が柔らかい。
王族相応の気品を持ちながらも威圧的ではなく、王族の臣下に当たる私たちにも理不尽を発動したりしない。
もちろん周りからも慕われる人であり、一時期は第一王子と年齢が近い事もあり、陛下の後継者に第二王子を押す声も多くあったのだが、彼は一貫して異母兄である第一王子をサポートする立ち位置を崩さない。
温厚ながらもその点は曲げず周りに決して流されない強さを持った人だから、我が国の派閥争いは火種を抱える余地もなかった。
とても優秀な人である。
第二王子という肩書も含めて魅力的だから、当初は妃の座を狙う女性も多かった。
にも拘らず現在彼の周りで女性同士の熾烈な争いが存在しないのは、彼の隣に立っている女性のお陰だろう。
凛とした立ち姿と芯の強さ、優雅さと思慮深さ。
そのすべてを兼ね備えたクレマチスのような彼女は、殿下の後ろに一歩下がって、涼しげな眼でこちらを見つめている。
抜け目のなさそうなその瞳と非の打ちどころのない社交スキルに、きっと誰もが「彼女がこの国に嫁いできてくれてよかった」と思った筈である。
誰と比べても頭一つ抜きんでて優秀な彼女に対抗する気さえ起きないお陰で、野心ある女性の世界も最近は平和だ……などというのは、すべてロンから「社交界では必須知識です」と言われて頑張って覚えた事の一つだ。
そんな二人の急な来訪を咎める者は一人もおらず、むしろ早急に新しく二つ、席ができた。
おそらく社交に熱心な人は、「殿下夫婦の既知を得るチャンスが巡ってきた」と思っているのだろう。
もちろんディアナ様もその内の一人で、彼女は私に別れを告げる暇さえ惜しんでイソイソと二人の元へと小走りで行ってしまった。
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