第三章:あなたの悪事、暴きます。

第34話 庭園の密会~謎の組織の『上』視点~



 ティーカップを口に付けながら、私は小さく笑みを浮かべた。


「流石は貴女のお気に入りの場所。とても綺麗な庭園ね」


 目前で共に紅茶を嗜む令嬢は、元々自立心が高く何でも卒なくこなし切り抜ける人ではあったけど、少し会わなかった間にまた一段階落ち着きが増したような気がする。

 彼女に言うと嫌な顔をされるかもしれないなと思いつつも、そう簡単には動じないような彼女の空気感は、やはり黒幕の貫禄だ。


「ありがとうございます。周辺諸国を忙しく巡るシシリー様にそう言っていただると、何やら自信がつきますね」

「あら何を言っているのやら。貴女は元々自分の好き嫌いに他人の評価など介入させないでしょう」


 まんまと言い当てられてしまって、内心で「流石はシシリー様」と独り言ちた。

 伊達に長年幼馴染などしていないという事なのだろう。

 まぁもう一人の方は、きっとまったくそのような事には気がつかないのだろうけど。


「それよりも、どうやら楽しく過ごしているようね。平和かどうかは些か判断しかねるけど」

「既にそのような事までお知りだなんて」

「私は外交官だもの。他国の内情は知りすぎて困る事はない。そういう教えを受けているわ」


 さも「仕事上、知っているのは当たり前の事だ」と言いたげな彼女を前にして、彼女は相変わらず自らの有能さに半ば無自覚なところがあるなと思い笑った。


 彼女が何のことを言っているのかに、心当たりは一つしかない。

 本来ならばこの国で知る者はごく少数の、トップシークレットと呼べる筈のものを国の外から掴んだというのだから、彼女の情報網は一体どのような事になっているのだろう。


「貴女が何をやりたいのかは一応分かっているつもりだけど、少々綱渡りではない?」

「それでもこれが今の私の立場でできる、最大限の行いですもの」

「それは本来、貴女の夫が為すべき事なのではない?」

「あの方は、少しばかり純粋すぎますから」


 シシリー様の指摘に私は小さく笑いながら、ティカップの湖面を見下ろした。

 白い陶器で縁取られた茶色の小さな湖面には、僅かな波紋にところどころ輪郭を歪ませられた自分が映っている。


 旦那様は、少しぶっきらぼうなところこそあるものの、とても心の美しい人だ。

 それ故に醸し出されるカリスマ性が、彼の周りに人を呼ぶ。


 彼はそういう、天性の才能を持っている。

 それを陰らせてまで暗躍させるなんて、あまりに勿体ない事だ。


「いいのですよ。私のような者が彼の下に嫁いだことにも、きっと意味があるのでしょう。私自身、こういう事は嫌いではないですしね」


 呟くようにそう言うと、彼女は数秒の沈黙の後に「ふぅ」と小さく息を吐いた。


「まぁ貴方ならどうあっても、致命的なヘマはしないのでしょうけど」

「シシリー様にそのように言っていただけるとは光栄です。しかし即座の状況対応能力は、流石に貴方に負けますよ」

「だからこその『指示書』なのでしょう? まるでパズルか何かのように人材・情報・状況を組み合わせ、関わる誰にも事の全体像を悟らせないだなんて、それこそ貴方にしかできないでしょうに」


 彼女のそんな言葉に思わずキョトンとした。

 そして思わずクスリと笑う。


「それは少々買い被りです。私にだって、どれだけ事前に準備をしても予測できない状況の推移はありますよ」

「そのような稀有な方がこの国に?」


 流石はシシリー様と言いたい。

 私はまだ予測できないものが『人』だとは口にしていないというのに、彼女は正確に言い当てた。


 しかしまぁ、ここまで深く知っているのだ。

 今更隠しても意味はない。

 そもそも彼女はその先を知りたくて、私にこのような駆け引きのような世間話をしているのだろうし。


「えぇ、とても面白い方ですよ。そうですね、エレノアさんと殿下を足して二で割ったような方、と言えばおそらく伝わると思います」

「……行動原理は感情で、突飛な事をなさる方だとは、貴女がやりたい事においては厄介な存在なのでは?」

「そうですね、本来ならばそうなのでしょう。つい昨日も、私の指示書を途中から無視してかなり危ない綱渡りをしたという報告が返ってきたところですし。――それでも」


 そう言って、私は彼女にふわりと笑った。


「そういう方というのは総じて、私やシシリー様のような人種には思いもよらない事象を引き当て、引き寄せる。私は彼女のそんな力に、少し期待しているのです」


 私やシシリー様のような人間は、どうしても物事を道理や結果ありきで考えてしまう。

 そういう人間にとって、彼女のような存在は貴重だ。

 それはきっと誰でもない、シシリー様自身が一番よく知っているだろう。



 案の定、シシリー様はこれ以上の追撃をしなかった。

 ただ彼女は一言だけ「わざわざ自らそういう面倒な人種と繋がりたがるなんて」と呆れ、そんな彼女を後ろに控えていた彼女付きの騎士が無言のままに、「貴女には言われたくないと思いますよ?」と言いたげな苦笑で眺めている。


「そういえば、最近少し王都の街中が密やかに活気づいているようだけど」

「はい、把握しています。そちらも今早急に、調べを進めているところです」

「国の大事に繋がりかねない」

「もしそうなれば、近隣諸国――ひいては私たちの母国にも何らかの影響が及ぶ。大丈夫です、分かっています」


 そんな状況をいち早く知り対処するために、私はこんな事をしているのである。


「この国の安寧を維持する事は、旦那様の心の安寧にも繋がります。手を抜く気などありません」

「随分とご執心なのですね。国にいた頃には想像もつかない事だった」

「なんせ愛されていますから」


 彼女とこうして軽口を叩く日々は、とても懐かしく心地よい。

 二人してフフフッと笑いながら、友人同士の密会は続く。

 

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