第一節:街で見つけた、においの正体
第35話 焦れたエリーへの、気分転換のための方策
先日の一件の結果はすぐに、手紙に書いて返送した。
しかしそれから一週間。
「何の音沙汰もないなんて……」
机に顎を付けながら、私は一人、そうぼやく。
気分転換に庭園のテラスで紅茶を飲んでいるのだが、やはりミッションの事が気になり、どうにも気が晴れてくれない。
「エリー様、その体勢はいかがなものかと」
「えー、だってぇー……」
口を尖らせながらロンを見る。
相変わらずのすまし顔で卒なく次の紅茶を淹れるその姿は、実に絵になる光景だ。
「ねぇロン」
「何です?」
「ロンは何で執事になったの?」
暇すぎて彼に他愛のない疑問を振ってみる。
すると彼は「そうですね」と言って、口元に小さく笑みを浮かべた。
「元々親が辺境伯家の使用人でした。その影響で私もこの道に。しかし」
コポコポという小さな音と共に、私のティーカップに香り立つ茶色の液体が注がれていく。
「今はそのような理由を抜きにして、この仕事にやりがいを感じていますよ。一筋縄でいかない事もありますが、それはそれで面白味の一つとして考えればさして問題もありません」
「ロンでも『一筋縄ではいかない』なんて思う事があるものなの?」
彼の言葉に、私はムクッと体を起こしながら聞く。
私には、彼はいつだって余裕を持って仕事をしている印象がある。
そんな事がもしあるのなら、一体何が彼にそんな事を言わせるのか、少し興味がわいたのだ。
彼は淹れ終わった紅茶入りのティーカップを私の前に置きながら答える。
「貴女ですよ、エリー様」
「え」
「突然『実は自分は、謎の組織の一員だ』と言ったり、ミッションなるものから帰ってきたかと思ったら足に痛々しい青痣をこしらえていたり、他家の夜会でひっくり返ったり」
「そ、それは!」
言い返したいところだけど、何一つとして嘘偽りのない事ばかり上げられてしまえば、返す言葉が見つからない。
口を噤まざるを得ない私は、抗議代わりに頬を大きく膨らませた。
「私だって、別に好きで大変な事になっている訳じゃないのに」
「エリー様の場合、そのつもりではあるんでしょうけどご自分起因で珍事を起こす事が大半でしょう」
「珍事って……」
「ご自覚はないかもしれませんが、本来の貴族令嬢はしない事ばかりですよ」
そう言われれば、そうなのかもしれないけど。
自分が少なくとも上級貴族らしくないという自覚はあるだけに、色々と反省もないではない。
彼の言う事はすべて組織起因な訳だから、組織から抜けるのが一番手っ取り早い解決方法な気はするけど、自分自身がやりたい事だ。
たとえどれだけ貴族らしからぬ事だとしても、そこだけは譲るつもりはない。
……メリナ様は今、どうしているだろうか。
三日に一度、他愛のないやり取りはしているけど、ほんの少しだけ彼女の気分転換になるくらいの効果しか見込めない。
結局ミッションを重ねて彼女を助ける算段を立てなければ、彼女はずっと籠の鳥だ。
だからこそ早く次のミッションが欲しいのに――。
「エリー様、またミッションの事をお考えですか?」
「ロンってば、何でそんなに目敏いの」
気がつけばまたメリナ様と組織から音沙汰がない今について考えていた私は、思わず顔を顰める。
「エリー様は分かりやすいですから。しかし連絡がないという事は逆に『今はまだエリー様が動く時ではない』というあちらからの意思表示なのでは?」
「分かってる。でも分かってても考えちゃうんだから仕方がないでしょ……」
私だって、何も組織の事を信じていない訳ではない。
きっと今も、どこかでメリナ様のために何かしらの状況が進行中なのだろうとは思う。
でも、分かっていてもソワソワしちゃうのだ。
そんな私に、彼は手振りで紅茶を勧める。
一口コクリと喉を潤せば、口いっぱいに広がった紅茶特有の渋みと甘い香りが、鼻に抜けてほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。
それでも悶々とする気持ちは消えない。
そんな私を見かねてか、彼が一つ提案してくれる。
「屋敷にいてもソワソワするだけなのでしたら、外に買い物でも行ってみるのはいかがですか?」
それは気分転換と暇つぶしを兼ね備えた、良案だった。
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