第6話 権威とアクセサリー ~グレンディース侯爵視点~
急な社交への参加打診だったが、やはり行ってきてよかった。
そう思うような成果だった。
今までには得られなかった既知が得られた。
直接的なプラスはまだないが、次に会った時にはおそらく何かしらのプラスが見込めるだろう。
そういう手ごたえを感じた。
だから上機嫌だったのだ。
帰宅して、冴えない顔の筆頭執事の顔を見るまでは。
「申し訳ありません、旦那様。実は先程、門扉で使用人と平民がひと騒動起こしておりまして」
「何だと?」
開口一番の執事の謝罪に、俺は眉を吊り上げた。
社交界では「人当たりのいい人物」として名が通っている自負があるが、それはただの猫かぶりだ。
俺は自分の本性が、直情的である事を理解している。
屋敷の中は、そんな自分を隠す必要のない場所だ。
ここは私が絶対の世界だ。
だから己の許容範囲外の事に、怒り当たる権利が俺にはある。
「他家の屋敷もひしめくこの王都で、使用人が金銭問題でもめる醜態を門扉に晒したというのかっ!!」
執務室で執事の話を聞いた俺は、感情のままに腕を薙ぎ払った。
淹れたての紅茶が入ったティーカップが、床にガチャンと音を立てて落ちる。
執事がビクリと肩を震わせた。
この男は仕事ができるやつで普段は比較的ポーカーフェイスを崩さないが、昔から大きい音というのが嫌いらしい。
だからいつも怒りは、こうやって表す。
これで俺がどれだけ怒っているのかを、正しく知らしめるために。
実際に俺は怒っているのだ。
屋敷の門扉で使用人のトラブルを露呈するだなんて、侯爵家の顔に泥を塗るも同然。
それも理由が金銭トラブルだなんて。
――周りに妙な勘繰りを受けて、俺の事まで明るみに出たら、一体どうしてくれるのか。
「トラブルを起こしたメイドを即刻処分しろ!」
「……しかし、命まで奪うのは少々リスクが」
「俺の目から見えなくなればいい!」
意見されて尚募った苛立ちに素直に声を張り上げれば、彼は「かしこまりました」と頭を下げた後場を辞した。
パタンと扉が閉まり、室内に静寂が訪れる。
はぁと深いため息をつきながら、背もたれに体を預けて考える。
まだ収まらぬ怒りの中に沸々とした焦りが含まれているのは、この騒動が自身の秘め事を掠めた事柄だからだろう。
鍵付きの引き出しを開けるとそこには、沢山の紙が乱雑に入れられている。
並ぶ『督促状』の文字たちがまるで俺を責めるようで、腹立たしい。
しかしこれらを放り出せば、今日のメイドのように門扉で叫ばれるのは、今度は自分かもしれない。
それもこれも、第二夫人・ディアナのせいである。
女は、俺の権威を示すための大切なアクセサリーだ。
その点ディアナは美しい。
高いプライドの持ち主でもあり、堂々たるその姿は侯爵である私の隣に置くに相応しかった。
しかし高いプライドと自分磨きへのあくなき探究心は、その代償に金銭を必要としていた。
シャンプー、美容液、髪飾りに、ドレスや宝飾品。
ディアナには一際金かかかる。
そうじゃなくても俺だって、侯爵として相応しいものを身に着ける必要があるのだ。
その上日々のストレス発散にも金を使うとなれば、金など幾らあっても足りない。
独身時代、侯爵家を継いだ俺は領地経営で得たお金でギリギリそれを補えていた。
ディアナとの婚約話が出た時は、
そんな時に目を付けたのが、メリナの生家だ。
かの家は「最近商売がうまくいっている」と、社交界でも少し騒がれていた。
ちょうどよかった。
あちらは伯爵家だ。
侯爵家と婚姻を結ぶ事で、箔がつく。
我が家の後ろ盾があると示せる事で、軌道に乗った商売を盤石にする事も、社交界での影響力を増す事もできるだろう。
こちらが婚姻を持ち掛ければ、喰いついてこない筈がない。
対する俺も、景気がいいかの家に何かしら理由を付けて金銭的な要求をする事ができるようになる。
メリナ自身がどうしようもなく地味で控え目が過ぎるのが玉に瑕だが、嫌なら身に付けなければいいのだ。
屋敷の中に入れば俺がルールだ。
普通のアクセサリーと同じくつける・つけないの判断は、持ち主の気持ち一つである。
そう思い、メリナを嫁に迎えて金銭的基盤を整えてから、ディアナを嫁に迎え入れた。
案の定、現在我が家には入ってくる税収以上の浪費がある。
身に付けず屋敷に閉じ込めている金の入った宝箱の鍵は、短期間に何度も開け閉めすると劣化が早くなるだろう。
金を一度に引き出すよりも、細く長く結果的に多くの金を引き出したい。
となれば、足りない分は他で補う必要がある。
税収は、既に使っている。
ならば新しくもう一つ、収入ルートを増やす必要がある。
すぐに、大きな金が動くルート。
元々そういうものに準ずるルートを持っていた家を抱き込めば、そう難しい事ではない。
すべては現在、順調だ。
もうすぐ大金が手に入る。
この忌々しい紙たちを処分する事ができる。
俺という存在も、これでもう一段権威の階段を昇る事ができる。
そんな大事な時期に使用人が持ち込んだ私的トラブルに足を引っ張られるなど、冗談じゃない。
やはり即刻言い捨てて正解だった。
名前を聞いたところでメイドだったかは分からなかったが、ソイツと顔を合わせる事は、もう金輪際ないだろう。
そういえば、鍵の客人として居合わせた辺境伯家の令嬢がその時屋敷内にいたと言っていた。
口封じが必要か、と一瞬考えたが、まぁその必要はないだろう。
そもそも辺境伯家は社交場に興味がない連中だし、件の令嬢は男爵家からの養子。
いわゆる成り上がりというやつだ。
その女が少々騒いだところで、侯爵家の血の正当な継承者であり社交界でも常に外面を気遣っている俺の敵ではない。
もし何かあればその時に、権威で捻り潰せばいい。
そんな事を考えていると、沸々とした怒りと焦りが段々と引いてきたようである。
口元に不敵な笑みを浮かべながら、俺は『督促状』の文字が躍る紙たちの入っている引き出しを閉めた。
すべてがうまくいく。
権威は俺にいつだって、そんな万能感を与えてくれる。
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