第二節:夜会での再会、エリーの過去、そしてメリナは心を決める

第7話 お目付け執事が持ってきた招待状



 辺境伯家、王都邸。

 その私室にて、私は一人テーブルに突っ伏し「うー……」と唸り声を上げていた。


 メリナ様の下を訪問してから、一週間。

 未だに彼女からの音沙汰はない。


 きちんとメイドの前で手紙の話をしたから、たとえ侯爵に手紙を書くのを禁じられても『貴族の礼儀としては、お茶会のお誘いには断る場合も手紙を書かなければ侯爵家の名に傷がつく』と説得すれば、きっと手紙を送る事ができるだろう。

 

 内容を検閲されたところで、書かれているのはお茶会への断り文句だ。

 催促のために私が来訪するかもしれない事を考えれば、侯爵はおそらくしたためた手紙を、わざわざ握りつぶしはしないだろう。

 指示書にそう書かれていたし、私も同じように思っている。


 つまり彼女から未だに手紙が来ないのは、おそらく彼女の意思なのだろう。


 今更遅いと分かっていても、後悔の念が押し寄せる。


 いくら時間がなかったとはいえ、流石にアレでは言葉足らずが過ぎたのではないか。

 そんな風に思いながらも、もうこの段階で私にできるのは、精々祈る事くらいの事だ。



 ――どうか勇気を出してください。



 伏せていたテーブルからむくりと体を起こし、彼女を思い、胸の前で両手の指を組む。


「失礼いたしますエリーさ……ま、どうしたんですか。天井に向かって祈ったりなんかして」


 今日も相変わらず清潔感のある石鹸のにおいをさせている執事が、呆れ顔で眼鏡を直す。


 彼ができる執事である事は認めよう。

 基本的にそつがないし、相手の事をよく見ている。

 何かを言う前に先回りして行動している辺り、お世辞抜きで優秀だ。


 だけどこうしてたまに残念な子を見るような目で私を見てくるのは、どうにかならないものだろうか。 

 来年には成人を迎える身なのに、どうにも子ども扱いされているような気がしてならない。


 いやまぁ実際にそういう目でこちらを見ているのだろう。

 彼は、私を受け入れてくださった辺境伯様が「元男爵家となれば、辺境伯令嬢として振る舞うのに困る事もあるだろう」と、お目付け役として選んだ執事なのだ。

 彼からすれば妙な事をする主人に苦言を呈する事も、仕事のうちに含まれているのかもしれない。



 ……いや、もう慣れっ子だ。

 彼の呆れ顔なんて今更である。

 

 それよりも、先程紅茶は淹れてもらったばかり。

 なのにここに来たという事は、きっと何か用事が――と思って気がついた。


「レンリーア様のにおいがするわ!」


 バッと身を乗り出すと、彼はその分驚いたように体を引く。


「え、えぇ、ノスタリオ公爵家からお手紙が……相変わらず、驚異的な嗅覚をお持ちですね」

「ありがとう!」

「別に褒めてはいません」


 そんなツッコミは聞こえない。

 何せ敬愛する恩人からの手紙である、私は気にせず彼に駆け寄る。


「エリー様。レディーが走ってはなりません。元々子爵家……いえ、男爵家の方だとしても、今は辺境伯家の養子に入ったのです。それなりの立ち居振る舞いを心掛けていただかなければ」

「分かったから。外ではしないわ! それよりも早くちょうだいな!!」


 お目付け執事が発揮されるが、口うるさいのも平常運転。

 それよりも、早く封筒だ。


 催促のために両手を出せば、彼はわざとらしいため息を吐いた。


「まったく……本当に約束してくださいね?」


 仕方がなさげな声と共に、私がズイッと出した両手の上に、彼が封筒を乗せてくれた。

 私はウキウキ気分で封を切り、中身を確認し、歓喜した。


「夜会への招待状だわ! レンリーア様が主催なのですって!!」


 流石は公爵家、同封の手紙には「たくさんの人に声をかけての大規模な夜会をする」という旨の内容がしたためられている。


 ノスタリオ公爵家の女当主・レンリーア様とは、普段は多忙で中々お会いできない。

 これは貴重な機会である。

 絶対に逃すわけにはいかない。


「ロン、すぐに参加の返信を。あと準備を始めるわ!」

「エリー様、手紙の返信はともかく、準備を始めるにはまだ早すぎます」


 たしかにこの夜会の開催は、今日から二週間後の話だ。

 しかし、乙女にはたくさんの準備が必要なのだ。

 きっと早く始めるに越した事はない。


「今すぐ髪とお肌の手入れを!」

「何も聞いちゃいませんね……」


 やる気満々の私に対し肩をすくめてみせた彼は、結局手伝いのためのメイドをすぐに数人呼んでくれた。

 このロンは、時には苦言を呈したり主人に呆れたりするものの、基本的には優しいのだ。


 だから私は彼の事が、結構お気に入りなのである。


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