第5話 組織からのささやかな報復



 私は再び自分自身に外面スイッチを入れる。


 私は今までメリナ様と、他愛もないお話をしていた。

 今はその延長線上。


“そういう話の途中である風を装う事”


 たしか指示書にはそう書かれていた筈だ。


「そうなのですか。ではメリナ様がお好きな緑色を、今度ご用意しておきますね」

「は、はい。ありがとうございます」


 私の言葉に一瞬「え?」という顔をしたメリナ様だったけど、すぐに意図を察してくれたのか、こちらの言葉に合わせてくれた。


「よかったです、今日は好みが聞けて。今度その品を送らせていただきます」

「ありがとうございます。光栄です」


 そんな会話をにこやかに交わし、私はスッと席を立つ。


「あまり長居しても申し訳ありませんし、そろそろお暇致しましょう」


 敢えてメイドの顔は見ない。

 おそらくメイドは「本当にそんな会話をしていただけなのか」と疑わしく思っているのだろう。


 しかし密やかな追及の視線を躱し、私は指示書の通りに種をまく。


「では、よろしければお茶会の件、前向きにお考えくださいね? 皆さん、最近姿を見せない貴女をとても心配していましたし、久しぶりにお話したいと言っていましたから。いつでも構いません。その気になったらいつでもお手紙、お待ちしています」

「はい。検討させていただきます」


“監視者の目の前で、彼女と手紙を交わす約束を改めてする事”


 これで彼女が私に手紙を送るハードルを下げる事ができると、指示書にはハッキリ書かれていた。

 そして、もう一つ。


「ところで先ほどから騒いでいるアレ、大丈夫かしら」


 主語は言わない。

 しかしここで、初めてメイドに目をやりながら眉をハの字にする。


「雇っているメイドの醜聞なんて、侯爵家の名に傷がつかないか心配です。特にここは王都。そう遠くない場所に幾つかの貴族家の屋敷があるでしょう? 公爵がとてもお気の毒。きっとメイドを処分なさるでしょうね」


 使用人のせいで家の名声が傷付いたとなれば、体裁を気にする貴族の怒りは計り知れない。

 件のメイドはもちろんの事、彼女を監督すべき立場の人間も、少なからず責任を問われる事だろう。


 この初老のメイドには、他のメイドとは違うタイが付けられている。


 これはメイド長の証である。

 他のメイドたちを取り仕切る役割の彼女もまた、先程の件の準当事者だ。



 主人の顔に泥を塗る可能性を恐れてか、それとも怒られる事を恐れてか。

 指示書の思惑通り、目の前のメイドが顔を青ざめさせた。


 これで彼女は、自身の保身を考えるのに精いっぱいになるだろう。

 少なくともメリナ様に構っている暇は、当面なくなるに違いない。



 これが、主人の意思に従うふりをして自身の意思で他人を蔑み使用人としての仕事を放棄した彼女たちへの、組織からのささやかな報復だ。


 

 ――貴人に仕える職種なのだから、意図的な職務の放棄は償わせるべきよ。


 私を助けてくれたあの方が、ギャフンと言わせたメイドに向かって投げた言葉を思い出して、私は「その通りだ」と内心で頷いた。


 私にはきっと、あの方ほどカッコよくはできていないだろう。

 しかしそれでもいい。


 彼女に当たりが強かったという前情報があったこの二人が姿を消せば、メリナ様を取り巻く環境も少しはマシになるだろう。


 あとは少しでも、彼女も過去の私と同じように「自分にも味方がいてくれる」と知って、ホッとしてくれていればいい。

 頭の端でそう思いながら、私は応接室を後にした。


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