第30話 招きに応じて本談義
ロロカ様と「また改めて」とお約束をした5日後に、私はキダノ伯爵邸を訪れていた。
前回は社交場への参加者の一人だったけど、今回はロロカ様からの個人的な誘い。
つまり呼ばれたのは私一人だ。
今日すべきなのは、メリナ様の髪飾りを奪取する事。
場所は既にいつもの如くしっかり調査済みではあるものの、彼女と話をしながらバレないように髪飾りを手に入れるか、髪飾りの前で自分一人という状況を作らねばならない。
そうでなくても、今までよりも状況作りの難易度は高いのだ。
いつも以上に「いかに綿密な指示書に沿った行動ができるか」がカギになる。
が、それこそが最大の不安要素でもある。
だからこそ。
「楽しい話ができている間は、彼女も話に力が入る。少々私が不審な挙動をしたところで、多分あまり気にはならない……」
会話が弾むのがベスト。
それができれば、ミッションのハードルがガクンと下がる。
馬車が、伯爵邸の屋敷の前に滑り込み速度を落としていく。
「頑張れ、私」
私が発した自分への静かな喝を聞いていたのは、同乗していた執事のロン、一人だけだった。
◆ ◆ ◆
「エリーさんっ!」
おそらく私の馬車の音でも、部屋から聞きつけたのだろう。
馬車を降りるなり開いた玄関の扉から、フワフワな金髪を靡かせながら小走りでロロナ様が出てきた。
今日も相変わらず、人形のような端正な顔立ち。
しかし周りを気にする必要がないからか、図書館にいた時よりもキラキラと輝く瞳と弾む声が、更に彼女を可愛く見せている。
「来てくれてありがとうございます! 今日を楽しみにしていました」
「私もですよ、ロロカ様」
彼女に笑顔で応じながら、私はロンからあるバスケットを受け取った。
「本日は、私お気に入りのお菓子を持ってきたのです。食べながらゆっくりとお話を聞かせていただきたいと思って」
「嬉しいです! あとで一緒に頂きましょう。今日は急遽お茶会に呼ばれてしまって両親は屋敷にいないのですが、その分ゆっくりとお話できると思えば、私はラッキーなのかもしれません。さぁ、まずはこちらへ」
「ありがとうございます」
彼女の案内で部屋へと入る。
おそらく本来は私の案内役をする筈だったのだろうメイドが、頭を下げてスッと道を開けた。
結果的に彼女の仕事を一つ取ってしまった形になっているものの、メイドがロロカ様を見る目は暖かい。
それだけで、彼女がメイドに愛されているのだと分かる。
こういう家に来るのは好きだ。
何だかとてもホッとする。
おそらく普通の令嬢は、他人の家に来て一々こんな安堵を抱いたりはしないのだろう。
そう思うと私のような過去なんてない方がいいのだろうと思うけど……なんて考えていると、後ろについてきたロンが小声で「そんなエリー様だからこそ、気がつ行ける事もあるのですよ」と囁いた。
もしかして、考えている事が顔に出ていたのだろうか。
あまりにも心境にドンピシャな答えを返されて少し驚いた一方、これではいけないと改めて気を引き締めた。
通されたのは、応接室ではなかった。
壁一面の本棚に、敷き詰めるように置かれた本たち。
先日忍び込んだ執務室よりも大きな部屋だ。
「こちらが我が家の書斎です」
「凄い数の本ですね……」
「私が購入した本以外も、こちらにすべて置いていますから」
なるほど、どうやらこの家の人が購入した本は、すべてここに置く事にしているようである。
背表紙を見ると、年季の入ったものも多い。
おそらく歴代の伯爵家の人々が集めた本なのだろう。
「伯爵家が読書家だという話は私、知りませんでした」
「今は亡きお祖母様が、本をお好きだったと聞いています。お父様は滅多に読まないのですが、お祖母様の血を継いだ娘・お母様も本が好きで、兄や私も本好きなのです。ですからもしかしたら私も兄も、母方の血を強く継いでいるのかもしれません」
言いながらほのほのと笑っている彼女は、読書家である自分の好いているように見えた。
自身を誇れるのはいい事だ。
そんな風に思いながら、頭の端で「そういえば、現在当主を努めているキダノ伯爵は入り婿だというのが前回証拠を押さえるために潜入する時の指示書の中に、前情報として書いてあった気がするな」と考える。
思えば執務室にも本棚にはたくさんの本が並べられていたが、思えばすべて古い背表紙のものばかりだった気がするし、本を隠れ蓑に隠していたのは、あられもない女性の姿絵だ。
たしかに彼女の父親は、あまり本自体に執着はないのだろう。
「こちらの部屋に、お茶の用意をしたのです。ですからここで」
そんな声と共に示された先には、既にメイドがティータイムのセッティングの終えたテーブルと、ちょうど淹れたてなのだろう。
紅茶のにおいと湯気の立つティーカップが二つ用意されていた。
「おそらくダージリンベースのアールグレイでしょうか。高級なもののようですが、もしかして紅茶にもこだわっているのですか?」
「え? えぇそうですね。紅茶は読書の素晴らしいお供ですから。それにしてもよく分かりましたね。もしかしてエリー様も紅茶を?」
「はい、とはいえまだ勉強中ですが」
厳密には、紅茶が好きというよりは、香りあるものが好きなのだ。
人よりずっといいこの鼻は、いいにおいも悪いにおいも同様に感じ取る。
ならばせっかくだし、いいにおいの方が嬉しい。
ただそれだけの事である。
しかし私の嗅覚の良さを、嫌う人も中にはいる。
辺境伯家に来る前の家が正にソレで、「人のにおいも嗅ぎ分けられるなんて」と気持ち悪がられ邪険にされた。
だから彼女にも敢えて言うような事はしない。
彼女は私の秘密には気付かず、無邪気に「また共通点がありました。嬉しいです」と言って笑った。
私もそれに笑顔で答え、紅茶を口に含んで「あ、美味しい」と呟く。
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