第三節:エゴから始まる、メリナ様のためのソワソワチャレンジ

第28話 偶然を装ったファーストコンタクト



 来てしまった。

 それが、私がここにきて最初に思った事だった。


「ここでキダノ伯爵家のご令嬢と接触するのが、第一段階……」


 ゴクリと生唾を呑み込みながら、下から上まで壁一面に本が敷き詰められた広い部屋の入り口に、一冊の本を胸に抱えて立ち尽くす。



 ここは王城の図書館。

 業務以外では上級貴族である伯爵家以上のみが、通常入場を許可されている場所だ。


 一応申請をすれば下級貴族でも出入りする事は可能なのだが、そもそも王城になど滅多に足を運ぶ機会も用事もない私にとっては、もちろん初めてくる場所である。

 おそらく今回のような機会でもなければ、自ら足を運ぶ事もなかっただろう。



 何故ここにきたのか。

 理由はもちろん、これがメリナ様のためになる行動だからだ。



 実は先日送った組織への報告の手紙に、私はあるお願いを書いていた。


“メリナ様の祖母の形見を、侯爵から取り返したい”


 組織として動いている以上、勝手に動くのはよくない。

 しかしどうしても、メリナ様の気持ちを無視する事もできない。

 それら双方を解決する術が『組織に協力してもらう事』だと思ったのである。

 


 そして返送された封筒の中にあったのは、一枚の指示書と「現在彼女の祖母の形見は、侯爵からキダノ伯爵家に渡り、当主の娘が持っている事」という情報。


 そこには許可も不許可も書かれてなどいなかった。

 しかし間違いなく、今までもらっていたものよりも簡素で荒い出来だった。


 その私の力量と頑張りによって成功するか否かが変わる指示書が、まるで私に「もしこの指示書でも実現可能なら、実施する事を止めはしない」と言ってきているかのように思えた。

 私はこれを、『から貰ったチャンス』だと思った。



 私からお願いした事だ、こうして指示書を練ってくれただけで既に優しい。


 慣れない場所、慣れないミッション。

 それがどうした。

 ここで頑張らなきゃどこで頑張るの!


 もらった手紙を胸に抱き、過去の私はそう奮起した。



 そんな自分を思い出し、私はハッと我に返った。


 少しばかり場の空気に呑まれかけてしまっていた。

 それではいけないと自身を鼓舞し、フンッと鼻息を荒くする。


「頑張らないと!」

「そんなに意気込みながら図書館に入場する令嬢は本来いません。目立つので早急におやめになった方が吉かと」


 まったくもう、ロンは相変わらず今日もお目付け執事である。



 図書館内は、人がまばらだ。


 図書館はとても静かだった。

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくるくらいには、穏やかで喧騒からは隔絶された空間という感じだ。


 そんな場所の一角を、少しキョロキョロとしながら歩く。


 指示書には一応目的の人物がよくいる場所が一つ挙げられていたけど、今日は気が変わって別の場所にいるかもしれないし、ちょうど間が悪くて移動中かもしれない。

 そう思って辺りを気にしていたのだけど、流石は指示書。

 凄まじい精度で彼女の居場所をドンピシャリと書き当てていた。


 読書用に置かれている八人掛けの広いテーブルの一角、大きな窓から差し込む淡い陽光に照らされながら、テーブルの上に開いた本を黙々と読んでいる令嬢を見つけた。


 フワフワな金髪の長い髪を持つ小柄な少女で、パッチリとした目、綺麗に通った鼻筋に薄桃色に色づいた唇。

 美しいレンリーア様とは方向性が違うけど、思わず同性の私でさえ見惚れてしまうような精巧な顔立ちをしているのは同じ。

 フワフワの砂糖菓子のような見た目の彼女からは、やはり砂糖菓子のような甘いにおいが僅かにする。


 彼女が、ロロカ・キダノ伯爵令嬢。

 キダノ伯爵に溺愛されている一人娘である。



 まだ少し彼女とは距離がある。

 本に夢中という事もあり、まだ相手は私に気がついていない。


 ゴクリと生唾を呑み込む。


 彼女ともやはり、話した事はほぼ無い等しい。

 だからこそ、このファーストコンタクトは大切だ。


 うまくやれ、うまく。

 ごく自然に、この手の小道具をテーブルに滑らせて彼女の視線にカットインさせて――。


「ウワー、ワタシノホンガー!!」


 躓いたふりをしてテーブルに、一冊の本を滑らせた。


 理想は彼女の読んでいる本にコツンと当たる事だった。

 もちろんそれを狙ったのだけど、力んだせいで本は思いの外加速したその本は、ぶつかった彼女の読書本を勢いよく押し出し、その場所を無理やりにぶんどった。


 彼女が読んでいた本は、おそらく結果的に彼女の視界から突然消えた形になってしまっただろう。

 これではただの「手荒に本を扱った」のと「読書の邪魔」の、印象最悪ダブルコンボだ。


 背中越しにロンの「はぁーあ。もう何やってるんですか」という視線を感じるけど、言われなくても分かっている。

 たぶん私が一番「何やってんの私」って思っている。



 失敗した。

 間違いなく失敗した。


 急激に、ダラダラと冷や汗が迸る。

 怒らせたらどうしようという気持ちで頭がいっぱいになる。


 が、どう切り返せばいいのかもすぐには思いつけなくて、出た言葉は「あ、えっと……」という情けないもの。

 本がなくなりフリーになった手は、役割を求めてアワアワと右往左往する。


 



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