第19話 白い鳥 ~メリナ視点~



 滅多に誰も来ない私室で、私はいつも一人過ごしている。


 やる事がある訳ではない。

 手持無沙汰な日常にも、何だかもう慣れてしまった。


 そんな風に思っていたけど。



 窓にコンコンコンッと何かが当たる音がした。

 私は一応部屋のドアを一度振り返り確認してから、窓に近寄って開ける。


 パタパタパタッと白い鳥が入ってきた。


 もう何度目かの訪問だ。

 彼はすっかり慣れた様子で、室内に飾ってあるなけなしの置物を止まり木代わりにして、着地する。

 

 訓練されたその鳥は、エリーさんの言うところの『我々』とやらに調教された立派な仲間らしい。


 それを知ったのは、初めてこの鳥が飛んできた時。

 足に括りつけてある簡素な手紙が、教えてくれた事だった。


“こんにちは。彼はの仲間、とても賢い郵便屋です。今日から三日に一度、貴女のところへ遊びに行きます。ところで先日そちらの屋敷で貴女の本当に好きな色を聞き忘れたのですけど、本当は何色が好きですか?”


 最初の手紙には、そんな事が書かれていた。


 何の変哲もない、なんという事もない会話。

 それでもとても嬉しかった。

 自分の事なんて一体いつから話していなかっただろう。

 そんな風に思うと同時に、私はペンを取っていた。



 それから本当に、三日に一度彼は来る。

 メイドとは違いお行儀よく、毎回窓をノックして。



 彼の足を見れば、今日も紙が括りつけられていた。


 何が書いてあるだろう。

 ささやかなワクワク感と共に、私はほどいた紙を開く。


“ミモザに季節は、もうすぐですね。色々と片付いたら一緒にミモザの側でお茶会ができると嬉しいです。私は花ならラベンダーが好きです。香りがいいもの。でもロンにそう話したら、「あぁ蚊よけになるいい花ですよね」なんて言うの。そういう意味じゃないんだけど”


 思わずクスリと笑ってしまった。


 エリーさんは私より四つ年下、少し幼めの印象を受ける事もあるけど、彼女からくる手紙はいつも何だか微笑ましいものばかりだ。


 今だって、手紙の向こうにエリーさんのいじけた顔が見える気がする。

 実際に彼女と話したのは、屋敷に来てくれた時と先日の夜会の二回だけ。

 それでも彼女が感情豊かな子だという事は記憶に濃い。


 彼女は声や態度から、常に一生懸命さが滲み出ている素直な子だった。

 どちらかというと人見知りする私がそれ程の緊張もなく彼女とやり取りできる理由も、おそらくその辺にあるのだろう。


 

 しかし、それだけが彼女の魅力ではない。

 彼女はずっと、どこか生き生きとしているように見えた。

 私とはまるで大違いな、前向きで活発な子なのだろう。

 

 でもだからこそ、養子になる前には私と同じような生活を強いられていたのだと聞いた時には驚いた。

 彼女は養子として娘代わりに、私は妻として他家に行ったというところこそ違えど、もし私と同じように最低限の環境で生活していたのなら、私より若い分、彼女の方がしんどかったのではないだろうか。


 それなのに、彼女はまったくそういう風には感じさせない。

 もしかしたら社交界の一部で「養子成り上がり」などと囁かれているのは、彼女の明るさが周りに生んだ妬みの気持ちのせいなのかもしれない。


 でもだからこそ「私ももし色々とうまくいけば」と、私もいい未来を想像する事ができる。



 最近、未来を想像する事が楽しい。

 考える気力さえ奪れて何もない日々をボーッと過ごしていた日々が、今は何だか懐かしいくらいに。

 

 そう思えている自分も不思議で、その変化を生んだのが誰かは、私には最早明白だった。



 ペンを取り、私は今日も紙にサラサラと走らせる。


“ミモザの前でお茶会、とても素敵だと思います。やりましょう、色々と終わったら。ラベンダーもいい匂いですよね。私も好きで、前はポプリにして持ち歩いたりもしていました。”


 そう書いて、短冊形に細く折る。

 鳥の下へと歩いて行って、彼の足に結び付けた。


 訓練された彼は、きちんと縛り終わるまでいい子に止まって待ってくれている。

 きちんと結び小さく「よし」と頷くと、彼の体を両手で優しく包むようにして持ち上げて、窓のところまでつれていく。

 小さな声で「よろしくね」と囁けば、こちらの言葉が分かるのか、彼が「ピヨッ」と小さく鳴いた。


 窓枠の上にゆっくりと下ろすと、彼は羽ばたき飛んでいく。



 綺麗な青空に遠ざかる白。

 やがて点になり、青の向こうに消えていく。



 私を取り巻くが、どこまで裏で改善に向かって動き出しているのかはまだ分からない。

 けど、以前は眩し過ぎた空の青が、今はただ鮮やかに見えている。


 

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