第二節:侯爵邸にてドキドキ密会
第20話 二つ目のミッション
「痛いぃぃ……」
私室で情けない声を上げながら、私は自身の脛をさすっていた。
キダノ伯爵家から帰ってきて数日、あの時強か打ち付けた脛は、未婚の貴族令嬢にあるまじき紫色に内出血してしまっている。
幸いだったのは、あのお茶会中はまだ痛みが少なかった事だろう。
帰ってすぐに冷やしたのだが、どうやらダメだったようである。
ギリギリドレスで隠れる位置だとはいえ、痛いものは痛い。
気分がダダ下がりな私に、ロンが思わずといった感じで苦笑する。
「よほどの強さで打ったのですね。もう少し避けるとかなかったんですか?」
「壺とチェストに夢中で下なんて見ていなかったわ。そもそも誰が、あんなところが突然突き出てくると思うのよ」
「まぁエリー様では、気がついたところで少々反射神経が足りなかったかもしれません」
「それは流石に失礼……だけどあまり否定できない」
ムゥーッと頬を膨らませながら私はベッドに身を投げた。
モソリと動きながらため息をつけば、ロンが「でも」と口を開く。
「目的は達成したのでしょう。ならば今回はエリー様の勝ちなのでは?」
たしかに目的は達成した。
既に組織にも報告している。
次の指示書も昨日届いた。
すべては順調だ。
だけど。
「まだ勝ちじゃない。メリナ様をあの場所から救えなければ意味なんてないもの」
「エリー様……」
私があの時レンリーア様に最初に手を差し伸べてもらった時、暗闇から頭上のまばゆい光を見つげたような気持ちになった。
しかし本当に私が救われたのは、すべてが終わったあとだった。
彼女もきっと同じだろう。
あの時私が組織の人たちがどのように動いてくれていたかなんてまるで知らなかったように、彼女も何も知らないのだ。
それでも今の生活が終わると信じて待ってくれている。
その期待に答えなければならない。
「そのためにも、指示の遂行を。明日メリナ様に会いに行く」
期待させておいて裏切る事ほどひどい仕打ちはないのだから、最後まで成し遂げなければならない。
彼女を思えば、この脛の痛みも大した事はない。
既に解読を済ませた手紙に目を落としながら、私はそう思ったのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、グレンディース侯爵邸では第二夫人・ディアナ様の誕生会が催される事になっていた。
私ももちろん参加する。
が、あまり気乗りしない。
馬車に揺られて目的地に向かいながら、外を眺めてため息をつく。
「メリナ様の誕生日は、半月前にあったのにね」
上から最初に与えられたメリナ様に関する情報に、誕生日についても書かれていた。
しかし彼女の誕生会は催されてなどいない。
今回の誕生会も、メリナ様・ディアナ様の合同誕生会という訳でもなく、ディアナ様の名前しかない。
「普段あまり関わりのない私にまで招待状を送るくらい、ディアナ様のためには動くのにね……」
社交場に出る事を禁じられているメリナ様と接触する機会だ、そういう意味では招待状を送ってくれた事により怪しまれる事もなく侯爵家に行ける事になって助かったのだが、それにしたって二人の仕打ちの差に何も思わない訳がない。
「元々メリナ様は控え目な性格、対してディアナ様は派手さを好む人だと聞き及んでいます。個人の意向……という事なのでしょう、おそらくは」
「ロンはよく知っているわね、他家の夫人の性格まで」
さもあちらが言いそうな、嫌な考えだと思った。
少なくともメリナ様の今の境遇を知っている私には、彼が出した言い訳が実態と異なるのだろう事を容易に察っせられてしまった。
そのせいで言ってしまった嫌味は、間違いなく八つ当たりだった。
彼から「執事ですから」という涼しい声が返ってきて尚の事、立場上言い返す事のできない彼に少々卑怯な絡み方をしてしまったと、否応なしに自覚させられた。
少しくらいムッとしてくれればよかったのに。
そんな風に思うものの、それさえ八つ当たりだという自覚がある。
「……ごめん」
「構いません。エリー様の気持ちもよく分かります」
彼の心が広いのか、それとも質の良い執事は皆こういうものなのだろうか、彼はサラリと応じてくれた。
尚の事反省していると「エリー様の事ですから、あまり抱え込み過ぎると、誰もいないと思って外でポロッと愚痴を口にして、実は聞かれていて大変な事に……などという事がありそうですからね」という言葉が聞こえてきた。
一言多い。
そんなヘマしないもん。……多分。
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