第21話 社交辞令と通過儀礼



 辿り着いた侯爵邸は、一言で言えばかなり気合が入っていた。

 家の人間の誕生日といえば大抵派手なものではあるけど、それにしたってものすごい。


 会場となっているホールにはたくさんの生花と高価な品の数々が展示され、食事もかなり凝っている。


 ここまでしたのだから主役が地味では背景に負けてしまうだろうと思ったけど、登場したディアナ様は服に髪に指に首にと、宝石でふんだんに飾り立てていた。


 元々目鼻立ちがはっきりした人だから、そういうのも似合う。

 若干成金感がぬぐえななとは思ったけど、元を正せば男爵令嬢だった私も、見方によっては成り上がったと言えなくもない。

 そう思ってこれ以上考えない事にした。


 

 今日の主役は、主催者でもある。

 主催者は客人に挨拶をするものだ。


 私が彼女の誕生日に特段祝いの気持ちも抱いていなくても、挨拶に答えるのは通過儀礼で、彼女が私を有象無象の一人くらいにしか思っていなかったとしても、挨拶に来るのは社交辞令だ。

 もちろん私のところにも、彼女はやってきたのだが。


「この大きな宝石のネックレスも、先日旦那様に誕生日祝いとして頂いたものなのですよ。あの方は記念日に関わらず、日頃からたくさんの贈り物をしてくださるのですけど、あ、ほらこの髪飾りなど」


 おそらく他の紳士淑女にも似たような話をしているのだろう。

 彼女の自慢が止まらない。

 

 残念ながら私には、彼女の自慢をただ純粋に「すごいなぁ」と思いながら聞く事はできなかった。

 たとえば宝石や他者から物を与えられる事に一種のステイタスを見出している人間なら、彼女の言葉に嫉妬心や羨望を抱いたのかもしれないけど、私としては暖かい場所で寝起きができて美味しい食事が貰える場所がある事が最も価値ある事だ。

 あまり金銭的なものや宝飾品に興味はない。


 それでも一応お付き合い、時折「へぇ」とか「ほぉ」とか言いながら、聞いているようなふりをする。

 

「あぁそういえばクレメント辺境伯令嬢、先日メリナ様にご用事で、当屋敷へといらっしゃったのだとか」


 思い出したように彼女が言う。

 内心少しドキッとしながら、必死に外面を取り繕って「えぇ、少しだけお会いしました」と答えた。


 すると彼女はにたりと笑う。


 目が笑っていない。

 しかしそれは私への警告や探りとは違う。

 そこに浮かんだのは、メリナ様への蔑みの籠った嘲笑だ。


「メリナ様って、こう言ってはなんですが、あまりお話が上手ではないでしょう? きっとご令嬢を退屈させてしまったと思って。今日だって、このような場に出るのは苦手だからと、顔すら出さずに。申し訳ありません。当家の夫人として謝罪いたしますわ」


 まるで主人が使用人について言及しているかのような言葉だ、と思った。


 もしかしたら、内心ではそれに近いのかもしれない。

 彼女は明らかに、自分の支配下にあるものに関する謝罪を私に投げかけてきていた。


 もちろんそんなの、いい気持ちなんてする筈がない。

 しかし思わず口から素の反論が飛び出しそうになったところで、後ろから喧騒に紛れた一つの咳払いが聞こえてくる。


 ハッとした。

 そうだ、ここで反論なんてしたら、彼女から妙なやっかみを買う。

 もしそうなったら、彼女の鋭い目のせいでこの後に私がやりたい事を、し難くなってしまうかもしれない。

 それは避けなければならない。



 あぁ危なかった。

 我に返らせてくれたロンに感謝しなければ。


「それから先日も、ノスタリオ公爵主催の夜会でメリナ様の体調不良の看病をしてくださったと聞いています。あのような地味でとりえのない者にまで心を砕いてくださるなんて、とても面倒見がいいのでしょうね。でも」


 もしかして彼女に近付くなと釘でも刺されるのだろうか。

 そう思ったのだけど、話は私の予想の斜め上を行った。


「私もクレメント辺境伯令嬢と、ぜひ仲良くさせていただきたいわ」

「えっ?」

「辺境伯家といえば、伯爵の名を関していても一応は侯爵家と並ぶ権力をお持ちだもの。たとえ養子でも私は気にせず仲良くして差し上げますよ?」


 彼女の言葉の端々から、上下関係の押し付けを感じる。


 もしかしたらメリナ様と仲良くする令嬢を奪いたい気持ちもあるのかもしれない。

 しかし彼女が言う通り、私は養子でこれまでの人生の大半は男爵令嬢どこからも権力で押さえつけられる立場だったのである。

 ここに来ても尚わざわざそちらに喜んで迎合しにいきたいとは思えない。


 それを、さも「私から声をかけてもらえるなんて貴女、とっても運がいいわ」とでも言わんばかりの顔をされても、正直言って困ってしまう。


「まずはそうね、辺境伯家がお茶会を主催するのはいかがかしら」


 あぁなるほど。彼女はきっと『辺境伯家に呼ばれたという特別感』が欲しいのだろう。


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