第18話 危機一髪 ~ある補助班の男視点~



 謎に包まれた組織について、分かっている情報は少ない。


 俺が知っている――いや、予想できる範囲では、「少なくとも組織には指示書を書いて送ってくる人間の他に『情報を集める者』と『主として作戦を遂行する者』、そしてそれとは別に『作戦をフォローするための要員』がいるのだろう」という事だ。


 俺は最後者、『作戦をフォローするための要員』だ。

 しかし何をフォローしているのかは知らされていない。



 たとえば今までだって、ある人間にちょっとした話を吹き込んで逆上させて屋敷に押しかけさせたり、時限式の罠代わりに少々落ち着きのないお茶会主催者の息子をけしかけて、ある令嬢のドレスを汚させたり。


 指示書に書かれたそれらを成した結果、何が起こるのかは知らないのだ。


 

 しかし、それでいいのだろう。

 むしろ知らない方がいい。


 そもそもあまり面倒事に深く足を突っ込むと後々厄介事がついて回るというのは、何事においても通例だ。

 だから俺は他人とは、程よい距離で接する事を心掛けている。

 そう言った自身のスタンスと、互いに深入りし過ぎないというこの組織の在り方は近い。


 全容が分からない・未知の組織である事に、不安を感じる人間もいるだろう。

 しかし俺は、万が一組織の仕事が何か悪い形で明るみに出た際に「俺は知らない」と心から言える現状を居心地よく感じている。

 そういう安心とちょっとした献身による自己肯定や正義感が、俺にこの裏仕事をそれなりの年数、続けさせている。


 それなのに。



 あぁしまった。

 やっちまった。

 そう思った時には遅かった。



 たまたまだった。

 ちょっとした休憩の帰り、窓越しに、見知ったやつが変な方に向かって歩いて行っているのが見えたのだ。

 

 もしかしてあいつ、ドレスを着替えた帰りに、道にでも迷ったんじゃあ?

 そう思ってしまったのがよくなかった。


 追いかけた事を後悔した。

 あいつは何故か他人様の家の執務室に、コソコソと吸い込まれて行ってしまったのである。



 頭の中で、色々な物が繋がってしまったような気がした。

 それを「気のせいだ」と無理やりねじ伏せて考えないふりこそしたものの、それらを置いても一つだけ確実な事があった。


 もし今誰かに見つかったら、あいつは絶対にマズい事になる。


 そう思うと気になって気になって、結局出てくるまで執務室の前の廊下が見える場所に姿を隠して、周りを見張る羽目になった。


 そしたら案の定である。

 執事が一人、執務室へとやってきたのだ。


 ヤバいと思った。

 バレると思った。

 次の瞬間には、体が自然と動いていた。


 近くにあったのは、どう見ても高い壺だった。

 スツールから引っ張るように落とせば、ガシャァァァァァン!というわざとらしいくらいのけたたましい音が廊下に響いた。


 執務室の前の執事が、ドアノブに手をかけたままこちらを振り向いた。


 どうだ?

 気を引けたか……?


 固唾をのんで見ていると、彼はノブから手を離しこちらに足を向ける。


 

 一瞬「よかった」と安堵しかけて、まったくよくないと気がついた。

 執事がこちらにやってくる。


 俺のやらかした事だとバレる。

 これでも俺だって貴族家の、もう成人になった男だ。

 家格が上の人の家で調度品を壊すなんて、普通に考えてあり得ない。

 

 見つかるのがやばいのは俺も同じだ。


 俺は慌てて走り出した。

 あいつが執務室から出てきたかなんて確認の暇はなかったが、もしこれで無事に出てこれなかったら本気であいつの昔からの抜けたところを呪うだろう。


 

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