第25話 攻勢か、躱すか



 軟禁され、貴族として満足な衣食住を与えられていなかっただなんて、本来ならば不名誉な事。

 隠したいと思う人も多いだろう。


 しかし今回、彼女にその選択肢を与える事はできない。


 指示書には「それを彼女に伝えあらかじめ承知してもらう事」としか書かれていなかった。

 私が今日ここに来たのは、まさしくそれを伝えるためだ。


 でも私は過去、自分が内密な取引で身柄の自由を手に入れた時に聞いたレンリーア様の言葉を覚えている。


 彼女は言ったのだ。


 よかったわ、未婚の女性の経歴に傷がつかなくて。

 もし国家に関わる悪事を働いていたら、否応なく今回の件も明るみに出ていたでしょうから。


 と。



 つまり裏を返せば――。


「なるほど。旦那様にはたしかにきな臭い部分がありますもの。貴族界において見過ごせない規模だという事なら、仕方がない事でしょう」

「え?」


 考えていた事を、声に出してしまっていたのかと思った。

 そのくらい的確に、私の思考を射抜いた答えを彼女は出した。


 思わず驚きながら聞き返すと、彼女は視線を窓へとやる。


「私は滅多にここから出られません。しかし目も耳もちゃんと聞こえています。毎週水曜日の午前十時、侯爵は必ず外出されます。そしてその時刻、その窓からちょうど屋敷の裏口に辻馬車が止まり、出発するのが僅かに見えるのです」


 彼女のその口ぶりでは、おそらくその時にしているのだろう『何か』が、明るみに出さなければならない悪事だと思っているのだろう。

 

 たしかに不思議な話である。

 もし侯爵として堂々とできる外出ならば、表門から、家の家紋がついている馬車で外出すればいいのである。

 それを、人目を忍んで裏口から、しかもわざわざ辻馬車の手配までするなんて。

 知っていれば、きな臭い以外の何物でもない。


「侯爵はきっと知らないのです。ここからちょうど馬車の屋根が僅かに見える事も、私が毎週同じ時刻に彼の外出があると知っている事も」


 というか、おそらく彼だけではない。

 滅多にここには来ない使用人たちも、おそらく知らないだろう。

 当事者であり蚊帳の外でもある彼女だけに見えているものがあるのだ。


「構いません。元々私が今から解放されるという事は、独り身に戻るという事。婚姻解消されたとなれば、どうやっても女性としての経歴に傷はつくでしょう。現状が公になったところで、むしろ同情心が増えて状況が改善される事もあるかもしれません」


 そう言って笑ったメリナ様は、心からそう思っているように見えた。

 憂いもなくむしろどこか吹っ切れたような雰囲気さえある彼女に、私は明らかな変化を見る。


 そうだ、彼女は私より幾つも年上だし、良くも悪くも放置してくる使用人たちと軟禁状態の現状を前に、考える時間はたくさんあっただろう。

 色々な事を考えて自分の中で消化して、少し前向きになる事ができたのかもしれない。


 それがもし、私が侯爵邸にきた事や組織に助けを求めると決めたことがキッカケだったら嬉しい。

 そんな風に思いながら、私はもう一つ彼女に問う。


「社交界で侯爵の件を公にする方法を取る場合、メリナ様には二つの選択肢を用意できます。一つ目は、メリナ様ご自身の口から侯爵の悪事を明るみにする事。二つ目は、メリナ様には終始傍観者の一人としていていただく事。どちらを選んでもメリットとデメリットは存在すると思います」


 たとえば前者の場合、侯爵の恨みを真正面から受ける立場になる代わりに、今まで溜めていた鬱憤を吐き出し、真っ向から侯爵に勝つ事ができる。

 後者の場合は、それらはできない。

 その代わり、相手の反感を買う事もなければ一切関わりがなかったものとして、後に社交界で噂好きの紳士淑女からの追及を受けずに済むだろう。


 どちらにしても、彼女が悪事にまったく関与していなかった事は全面的に証明する。

 その上で、攻勢に出るか、躱すか。

 その選択肢が、彼女にはある。


 彼女は少し、逡巡するそぶりを見せた。

 私を見る目にはやはり迷いの色があって。


「今すぐ答えを出さなければならないでしょうか」


 そんな風に聞いてくる。


「いえ、考えてもらって大丈夫です。最悪当日に変わってもおそらく対応できるでしょう。今日はこの話をメリナ様にお伝えして、考えていただくためですから」


 私がそう答えると、彼女は少しホッとした様子で「そうでしたか」と息を吐いた。


「きちんと考えておきます。せっかく助けていただけるというのに、後悔はしたくありませんから」

「えぇ、是非そうしてください。思い残しのないように」

「思い残し……ですか」


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