第24話 メリナ様のお部屋にコッソリ訪問



「どうですか? エリー様」


 目的地の前でワゴンを止めたロンは、私に意見を求めてきた。

 

 スンッと鼻を鳴らしてみる。

 目の前の部屋の中には……うん。


「メリナ様だけみたい」

「分かりました。では」


 そう言うと、彼はコンコンと目の前の扉をノックしたようだった。



 もしかしたら、あまり扉をノックされるような事はないのかもしれない。

 少しの間の後に戸惑ったような「はい……?」という声が中から聞こえた。

 

「メリナ・グレンディース侯爵夫人、エリー・クレメント辺境伯令嬢からの使いです」


 少し声をひそめながらロンが言うと、すぐに扉が開く。

 

 現れたメリナ様の気配と「とりあえず中に入って」という小声の指示の下、再びカラカラとワゴンが進む。

 後ろでパタンと扉が閉まり、メリナ様が「それで」と少し不安げに言う。


「クレメント辺境伯令嬢のお使いという事ですが、一体……?」

「あぁ、それについてはご本人から」

「え?」

「こんにちは、メリナ様」

「クレメント辺境伯令嬢?!」


 ワゴンに掛けられていた布をめくり下の段から顔を出せば、ギョッとした顔のメリナ様とまっすぐに目が合った。


「な、何故そのような所から?!」

「少し内緒で抜け出す関係で」


 言いながらヨイショとワゴンから這い出る。


 狭いところに入っていたから、ものすごい解放感である。

 うーんと伸びをしていると、改めてメリナ様がおずおずと「あの……?」と私に色々と聞きたげな顔を向けてくる。


 私は彼女にニコリと笑った。

 改めて見た彼女はやはり、相変わらずあまり良い扱いを受けていないようだった。


 身に着けている服だけでなく肌や髪、その上室内の様子を見ても、あまり手入れが行き届いていない事が分かる。

 おそらく満足にメイドの手が入っていないのだろう。

 それでも一定の清潔さを保っている理由は、彼女自身の頑張りか。


「あ、申し訳ありません。お客様をお呼びできるような場所ではなく」

「いえ、私が元居た部屋に比べたら五倍は綺麗にされていますよ。それよりも」


 そう言って、私はあるものを彼女に差し出した。


「ちょっとつまみ食いでもしませんか?」


 それは一枚のお皿だった。

 その上には、狭いワゴンの中で死守していた焼き菓子が。

 それは私が目覚めた部屋でこのワゴンの上に用意されていた、客人用のお菓子だった。

 




「ごめんなさい。本当なら紅茶と一緒にしたいところなのですが、多分においでバレちゃうから」

「いえ十分です。お菓子なんて、一体いつぶりに食べるでしょうか……」


 彼女と二人、焼き菓子を手にベッドに腰を掛けた。


 ギシリという音と共に深く沈み込む感覚は、上等な寝具の特徴だ。

 一瞬「ここはそれ程意地悪されていないのか」と思ったけど、もしかしたらそもそも侯爵家には、これより質の悪い寝具がないのかもしれない。


 そう思えば妙にしっくりと来てしまい、彼女が過去の私のように固い寝具で眠って体を傷める苦行を知らずに済んだ事に少しだけホッとする反面、仕方がなくそうなっているだけという現状をやはり不憫にも思った。


 しかし彼女はそんな私の複雑な内心などつゆ知らず、手元の焼き菓子に夢中だ。

 チョミリという擬音が似合いそうな小さな口で一口食べ、モグモグとしながら口元を綻ばせる。


「……美味しい」


 口元に手を添えながら上品に咀嚼する彼女は、まるで小さな幸せを拾い上げたかのようだった。


 そうだろう。

 甘味というものは、久しぶりに食べるとしみる。

 多分そういう風にできている。


 しかし彼女の反応にちょっとした満足感を抱いていると、ふと指示書の内容を思い出した。

 

 そうだった。

 時間は有限、特に今はいつ邪魔が来るか分からない。

 私がここにいる事もバレてはならない。

 用事は早く済ませなければ。


「今日メリア様にこうして直に会いにきたのは、意思確認の必要があったからなのです」


 実は最初、手紙でコンタクトを取ろうとした。

 核心はぼかして「先日のお茶会にお誘いした件について」と書けば、彼女もきっと何の事を言われているか分かるだろうという算段だったのだ。

 しかしその手紙は握りつぶされ、彼女の下へは届かなかった……と指示書に前提として書かれていた。


 だからこうしてここまで来た。


 私たち組織は、本人の意思なく動かない。

 彼女に関わる選択は、彼女の意志によって決まる。

 それは私たちが暗躍する上で絶対に守らなければならない不文律の一つだ。


「今、色々と裏で動いています。私はもちろん、今も尚別の人間が貴女の願いのために様々な行動をしているところです。なのでこれは、その後の話」

「その後、ですか?」


 彼女の言葉に私は頷く。


 今彼女に言った通り、動いているのは私だけではない。

 色々な人が指示書の下、彼女をこの場から解放するために必要な裏取りや証拠集めなどを行っている。


「貴女の願いを叶えるためには、侯爵との対決が必要になります。本来は、過去の私の件のように裏で秘密裏に取引をするか、社交界の議論として大々的に上げるかをメリナ様に選んでいただく事になる……のですが」


 私はすべてを知る立場にはない。

 だから今どこまで暗躍ができていて、どういう証拠が出ているのかは分からない。

 でも。


「今回の場合は、社交界の議論として大々的に取り上げざるを得ないと思います」


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