第16話 伯爵家の執務室、大捜索
特に目的の部屋までの道順は三日もかけて念入りに覚えたお陰もあり、迷わずに辿り着く事ができた。
――キダノ伯爵家の執務室、そこが目的地の名前である。
指示書にはたしか「お茶会に忙しい今日は、当主家族はもちろん執事やメイドも皆会場に駆り出されているから執務室は無人」と明記されていた筈。
しかし何事もイレギュラーは存在する。
必要以上の介入を組織から許可されていないロンは「では、普通の執事に紛れてその辺でお待ちしておりますので」と言ってスタスタと歩いて行ってしまった。
今はもう、私一人だ。
この状態で、もし誰かに鉢合わせたら、少なくとも私一人だけではうまく取り繕える自信がない。
扉のノブに手を掛けながら、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
中に人の気配――動いているにおいはない。
それでも意を決してゆっくりと扉を押し開き、中を覗いてホッとする。
誰もいない。
部屋の中に体を滑り込ませる。
後ろ手に扉を閉めてから、改めて室内を見回した。
そこにあったのは、少し乱雑な執務室。
書類が幾つか積み上げられている机に、出しっぱなしの冊子や本。
壁に設置された本棚には、難しそうなタイトルの太くて古めかしい本が、びっしりと敷き詰められている。
些か執務が滞りがちなのだろうけど、何の変哲もない執務室だ。
辺境伯家のソレと比べると、片付けが行き届いていないこと以外はそれほど変わらない。
この中から、目的のものをこれから探す事になる。
指示書には、目的のものが隠されている幾つかの候補場所が記されていた。
流石の上も、何かを隠しているらしい場所を調べる事はできても、確定するまでには至らなかったらしい。
そもそも隠しているのである。
バレないようにしているのだから、候補場所が分かっただけでもものすごい調査能力だ。
お陰で私も、大分探すのが楽である。
おそらく誰も来ないとはいえ、あまり時間もかけていられない。
まずは一つずつ、順に探す。
「えーっと、一つ目はたしか机の……」
言いながら、私は執務机の椅子側へと回り込む。
どっしりとした丈夫そうな机は、いかにも高級そうな艶やかな天板のものだ。
天板の下には大小含めて五つの引き出しがついていて、指示があったのはその内の一つ。
座る位置の右脇に、縦に並んでいる三つの内の一番上、鍵穴のある引き出しだ。
カギは、机の上にある置物の人型の置物の頭を……ごめんなさいっ!
手に取った置きもの首を多少の罪悪感と共に引っ張れば、人形の首は思いの外簡単にすっぽ抜けた。
抜けた首の下、胴体によって隠されていた部分には、しっかりと金属の鍵がついている。
それを鍵穴へと差し込んで右に回せば、カチリという手ごたえを感じた。
引き出しに手をかけ引いてみると、無事にスッと開いてくれる。
その中にあったのは、一冊の黒い表紙の本だった。
開いてみると、ミミズのような字がたくさん這っている。
普通の本にしては読みにくすぎる。
内容に目を通してみれば「〇月〇日〇曜日」という、三か月前の日付から文章が始まっている。
多分これ日記だ。
が、書いてある内容はかなり独創的だった。
“深淵の焔より出でし太陽は、イカロスの翼のように私の心も焦がし溶かす”。
一行目のその文面に、私は思わず遠い目になった。
キダノ伯爵と言えば、たしか少しでっぷりとしたお腹の、ガハガハと笑う人だった筈。
貴族の中では少々上品さに欠けるものの、羽振りがよく思い切りがいいからか、取り巻き立ちも何人かいて、本人も人に囲まれる状況を好いている感じの人だ。
そもそも既に二児の父で、れっきとした中年である。
自分に夢を見る時期はとう過ぎているというのが、常識的な認識だろう。
……いや、それは別にいい。
今はそれよりもこの日記だ。
ところどころ出てくる固有名詞には見覚えがあるのは、指示書に付けられたこの家の前情報を読んでいたからだろう。
おそらくこの日記には、キダノ伯爵家に関わる事がたくさん綴られているのだろう。
中には前情報には書かれていない内容まで書かれているのかもしれない。
しかし少なくとも今の私の目的は『メリナ様の生活環境を改善するためにグレンディース侯爵家の弱みを手に入れる事』なのであって、キダノ伯爵の弱みを知りたい訳ではない。
もしかしたらグレンディース侯爵家との話も書いてあるかもしれないけど、流石に偽物は用意できていないから証拠物として持ち帰ることはできない。
ここで読むにしても、流石に内容が詩的すぎる。
そもそも時間はあまりかけられない。
私の頭では、時間内にすべてを解読するのは多分無理である。
それよりも目的のモノを入手する方が確実だ。
日記を引き出しに戻し、鍵をかけ直す。
気を取り直して、次だ次。
次は……そう!
椅子の足元の床の下。
そう思い出し、椅子を退ける。
ためしに床板を触ってみると、わずかに床板の一部が動いた。
何か挟むもの……と考えて、机上のペンを手にする。
空いた隙間に差し込んで、てこの原理でグイッとこじ開ける。
床板が外れた。
そこから手を入れ周りの床板も外していくと、床が綺麗な四角形にくりぬかれる。
中は空洞になっていた。
覗いてみると、中には大きなボックスが。
ゴテゴテとした装飾に彩られた、おそらくジュエリーボックスである。
蓋を上げると、中にはゴロゴロとたくさんの宝石が詰まっていた。
どでかい石のブローチは未だしも、中には五センチ四方の宝石がついた指輪のも入っている。
そもそもあまり宝石に興味がない私には、こんなものを見たところで「付けたら指が重いだろうし、何かある度に服や髪に引っかかりそうだ」としか思えない。
でも、思えばたしかにあの人は少し、自己顕示欲が高かった気もする。
今日も楽しげに自分の自慢をしていたな、と思い出せば、彼にとってこの宝石は大切なものなのだろうとも思える。
そういうものを自分がいつも座っている椅子の下に隠す気持ちも、分からなくはない。
しかしこれも、私の探し物ではない。
ならば次。
次はたしか本棚だ。
壁に備え付けられた本棚の、上から四つ目、左から五つ目。
指を指して数え、ここだと思い、入れてある本に手をかける。
指示書では、たしかここに隠し棚があるという話で……あ、本当にあった。
本を退けて奥を覗き込むと、その棚にはまだ奥があった。
何かが入っているのが見える。
手を伸ばすけどギリギリ届かない。
仕方がなく棚に頭も突っ込んで、中のものを手探りで持ち出……あいたっ!
ゴンという鈍い音と共に、後頭部がジィンと痛んだ。
患部をさすりながら、どうにか中のものを引っ張り出す。
そして思わずギョッとした。
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