第15話 メイドを撒くための方策



 着替えのドレスと着替える場所、着替えの補助をするメイドまで貸していただき、私はすぐにドレスを着替えた。


 部屋から出てロンと合流すると、メイドが元の会場に案内しようと歩き出す。

 が、それでは機会を無くす。


「あ、あの! お手洗いに寄りたいのですが!」


 会場へとまっすぐ戻ろうとしていたメイドの背中に、勢いよく虎の子に言い訳を口にした。

 これぞ、着替えている間に頭をフル回転させて考えだした案である。


 普通にありそうな、怪しまれにくいとてもいい言い訳だと思うのだけど、どうだろう。

 そう思いながら、勢いのままにギュッとつぶった目を、少し開けてチラリとメイドを見る。


 彼女は一瞬キョトンとした。

 しかしすぐにフッと口元を綻ばせ「ご案内します」と言ってくれる。


 ホッと胸を撫でおろした私に、ロンが後ろから「普通はお手洗いに行く程度で、そのように勇気を振り絞る必要はないのですよ」と苦言を呈してきた。

 うーん、たしかにそうかもしれない。

 でもいいじゃない、結局彼女には怪しまれずに済んだんだから。



 屋敷内を案内され、私は目的地であるお手洗いに連れてこられた。

 ありがとうとお礼を言えば、彼女は「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げる。


 私は素直にお手洗いに行こうとして、思い出したように振り返った。


「帰りは一人で大丈夫だから、貴女は仕事に戻っていて」


 彼女に入らぬ手間をかけさせる必要はない……という気持ちを演出した、ただの厄介払いである。

 しかし簡単に事は運ばない、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「クレメント辺境伯令嬢様は、こちらの屋敷には来たことが?」

「え」


 聞き返されて言葉に詰まる。

 

 来た事はない。

 それでも「ある」と言い切ればよかったのだろうけど、一度詰まってしまったので今更そう言ったところで、この妙な間の理由がつかない。

 

「先程の部屋を経由すると、遠回りになってしまいます。最短ルートをご存じなのであれば問題ないのですが」


 ヤバい。

 今回の指示書に屋敷の中の地図も同封されていたから何とか会場と目的地の間の道順は把握しているものの、そんな理由を口にする訳にはいかない。

 たとえ「ここに来た時と同じルートなら覚えているから」と言ったところで彼女を追い払う事は叶わないだろうし、一体どうすれば……。


「問題ありません。私が覚えておりますので」

「えっ」


 思わず驚きに声が出た。


 言ったのはロンである。

 しかし流石の彼であっても、この屋敷ではずっと私の後ろについていた。

 その私が道を知らないのだから、彼も知っている訳がない。


 嘘をつき通せるのならいいけど、分からないのに知っていると言った事がバレてしまったら、間違いなく不信に思われる。


 大丈夫だろうかと不安になった。

 しかし彼はすました顔で、廊下の先を指さした。


「あの壺と絵に見覚えがあります。あそこを曲がれば左手側に、お茶会会場である庭園に続く部屋の扉が見えるのでは?」

「えぇ」

「たしか先程廊下を歩いていた時に、ゲストの声が少し漏れ聞こえていた筈。となれば、そこまで行けば音でどの扉かは分かります」


 彼の説明に、彼女は「たしかに」と頷いた。


「畏まりました。それではお任せして、私はこちらで失礼いたします」


 そう言って、彼女は一礼し去っていく。


「すごいわね、ロン。もしかしてロンどこからか屋敷内の見取り図を入手して……?」

「いえ、ヒントがありましたから」

「ヒント?」


 小さく息を吐いた彼は「他家の屋敷の見取り図など、一介の使用人がそう簡単に入手できる訳がないでしょう」と、小さく呟く。


「帰り道の話をした時、彼女は一瞬あの廊下に目をやりました。おそらくあちらに会場があるのだな、と思った時に、そういえば会場の庭園に繋がる部屋から廊下に出た時に、右手側にあの壺と絵があったなと思い出しまして」


 そうなのか、と納得しかけて、話の辻褄が微妙に合わない事に気がつく。


「でも部屋から出た時って、たしかすぐに左に曲がらなかったっけ? どうして右側に置いてあるものまで知っていたの?」

「目にしたものの配置から屋敷内の構造を把握し頭に入れておくのは、屋敷が仕事場のメイドや執事の、職業病のようなものですよ」


 彼はサラリとそう言ったけど、先程のメイドはスラスラと答えたロンを見て少し驚いてもいたような気がする。

 これがすべての使用人の常用スキルでない事くらいは、私にだって理解できる。


 ロンったら、とことん優秀なんだから。

 もしかして、私なんかよりも余程謎の組織の一員に向いているのでは……?


 そこまで思い至ったところで、私は慌てて首を横に振る。


 私にはあの、予言のような指示書があるのだもの。

 私にだってできる。

 やればできる。


「さ、早く用事を片付けに行くわよ!」


 頑張るぞ、と自分で自分に力を入れて、私は頭の中で指示書に書かれていた屋敷内の道順を思い出しながら歩き始めたのだった。



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