第14話 トラブルも今の私にはラッキー
それもあってか、見た目は……いや、中身も遊び人気質なのに、妙に私に生来からの心配性を向けてくるのが常なのだ。
「お前、最近はよく社交場に顔を出してるよな。半年前までは滅多に来やしなかったくせにさ。やっぱり辺境伯家様ともなると、『社交界に出てこい』とかも言われるのか?」
「そういう訳ではないけど」
「じゃああんまり表に出ない方がいいだろ」
何故?
思わず首をかしげると、彼は真顔でこう言ってくる。
「お前はさ、喋らなけりゃあそれなりに見えるんだから、大人しくしとけ」
「失礼な!」
これで意外と女性受けがよく、結構モテるのだから不公平だ。
「別に辺境伯家がどうとかじゃなくて、私が最近社交に出るの、ちょっと楽しいなって思い始めているだけよ」
口を尖らせながら、私は半分は本当で半分は嘘の言葉を告げる。
辺境伯家に来て以降……というか、レンリーア様に助けてもらって以降、今まで全く興味がなかった社交場も、彼女に会える場所だと思えば好きになった。
でも、それだけではない。
もう半分は、社交場そのものを目的に来てはいない。
今日みたいに別の用事を済ませるための手段として参加する時が、ソレである。
間違いないのは、そのどちらもが自身の意思だという事だ。
辺境伯様は一度だって、私に社交を強要しなかった。
辺境伯家は既に必要な他家とのつながりは強固に結んでいるし、継続のためのお付き合いは実の娘息子で十分事足りていると辺境伯様は言っていた。
私は好きにしていいと、それどころかもし伝手が必要なら気軽に言えとも言われているくらいである。
とても良くしてもらっている。
そこはゼフに誤解されたくない。
「ふーん、環境が変わって気持ちも変わったって事か」
彼はそう言うと、顎に手を当てて何やら少し考え事をしたようだった。
そして、何やら話しかけてくる。
「……なぁ、ところで知ってるか? 最近王都では薬草だと偽って人体の害になる草が売買されているらしいぞ?」
「へぇー」
「この前この国に来た外交官、第二王子の妃と知り合いなんだって。この前二人で仲良さげに話してたっていう話だ」
「ふーん」
「……お前、社交、する気ある?」
ない。
今はそれよりもやるべき事があるのだから。
……なんて事は、言える筈もない。
彼からスイッと目をそらすと、さも「ずっと気になってたんだけど」と言わんばかりの口調で言葉が続く。
「あとさお前、さっきから首さすってるけど、それ、寝違えでもしたのかよ」
うるさい、ちょっと黙ってて。
これは隠している偽物が落ちてこないように肘を曲げてないといけないから、自然に見えるように首を触るポーズをしているだけである。
……なんて事も、言える筈はなく。
あぁもう、ゼフのせいでほらロンからの「それ見たことか」と言わんばかりの目が痛い。
逆に目を泳がせて聞こえなかったふりを決めこ――足元で、トンッと何かがぶつかった。
何だろうと思って振り向くと、そこには子どもが立っている。
どうやら彼がぶつかってきたらしい。
そう理解してヨイショとしゃがみ、彼とまっすぐに目を合わせる。
「大丈夫? 怪我は?」
「ない。ごめんなさい」
素直に謝れて、とてもいい子だ。
彼に私も頷き返し、その後でふと気がついた。
あれ? この子からのお皿を持ってる。
ものすごい綺麗に食べたんだなぁー。
「おいエリー、お前、ドレス汚れてるぞ」
「え?」
ゼフが「ほら」と、私の足元を指さした。
その指を目で辿っていくと、私のドレスのスカート部分に、ケーキがペトッと引っ付いている。
立ち上がると、重力に負けたのか。
芝生にポトリとケーキが落ちた。
クリームだけがドレスに残り、見た目は先程よりマシに……なっていないか、あんまり。
うーん、ドレスが汚れてしまった。
見苦しいな、どうしよう。
頭の中でそう思いつつ、きちんと謝ってくれた彼には「大丈夫だから。次からは周りに気を付けてね」と伝え、逃がしてあげる。
立ち上がった私の足元にロンが片膝をついてしゃがみ込み、流れるように懐から出したハンカチでドレスを拭いてくれている。
それでも生クリームは油じみになる。
やはり洗わなければ、シミは――。
「クレメント辺境伯令嬢、うちの息子が申し訳ありません」
振り返れば、眉尻を下げた夫人が立っていた。
あれ、この夫人、キダノ伯爵家の夫人だ。
という事は、この子はキダノ伯爵家のご子息か。
そういえば前情報に、伯爵家には令嬢と子息が一人ずついると書いてあった気がする。
彼女のドレスからひょっこりと顔を出したのは、やはり先程の男の子だった。
おそらくこの反省顔のこの子が、母親を連れて来てくれたのだろう。
でも、彼らがそんなに申し訳なさげにする事はない。
私にとっては偶然の幸運、正に『渡りに船』というやつだ。
「それ程謝られなくても大丈夫ですよ。しかしこのままにしておくとシミになってしまいそうなので、少し落としに行かせていただいても――」
「いけません!」
悲鳴のような拒絶が入った。
うーん、残念。
自然にこの場を辞して屋敷の中に入る事ができるいい機会だと思ったのだけど、うまくいかなかったようである。
肩を落としながらも「もしかして、私の邪な気持ちが見透かされた?」と不安になる。
しかし、そんな筈はない。
ヒントなんて何もない筈なのだ。
まさか感づかれる筈もない。
そう思った時だった。
「そのままではいけません。どうか我が家にあるドレスにお着換えになってください!」
彼女の拒絶は、どうやら「それでは足りない」という意味だったらしい。
という事で、少々目立ってはしまったものの、私は無事に自然な形で会場の外に出る事に成功したのだった。
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