第一節:人様の屋敷でヒヤヒヤ家探し

第12話 暗号解読と次なるミッション



 組織とのやり取りは、すべて手紙で行われている。


 送り主はいつもバラバラ。

 傍から見れば同じ人物からの手紙だとは分からないようになっていて、組織からの手紙かどうかは判別に少しコツがある。


 目印は、封蝋だ。


 ありふれた赤色の封蝋なのだけど、半分だけ少し黒ずみが出るように作っている特注品で、慣らされた目に持ち主がよく見れば分かる。


 中に記載されているのは、ミッションに関する必要情報と指示。

 私たちエージェントはそれに目を通し、指示に沿って動き成果を出す。

 結果を手紙にしたため返送し、また次の指示を待つ。

 そこまでが行動のワンセットだ。



 文面はすべて暗号化されており、返送時にこちらが使う宛名の偽名は毎回別々に指定されている。

 それだけでも徹底した秘匿主義だと思うけど、返送方法にも余念がない。



 王都内で誰かに手渡しする時もあれば、教会などの公共の場所に郵送する場合もある。


 手渡しの場合も、渡す相手は毎回別の人間だ。

 互いに何も聞かないのが決まりだから、その人がどこまで知っている人なのかは分からないけど、組織の裾野がいかに広いのかがよく分かる。

 ……のだが、その分手間はかかるというもので。


「えっと、ここにこれがあるっていう事は、暗号形式はα。だからこっちをこれに組み替えて、次はアルファベットを一つずらし……うーん、頭が」


 特に毎回届いた指示書の暗号解読は、それ程賢くない私にとって高いハードルになっている。



 うんうんと唸りながら手紙とにらめっこしていると、コンコンコンと扉がノックされた。


「失礼いたします。エリー様、紅茶は――まだ解けていないのですね」


 仕事顔で入ってきたロンが、必死に机に噛り付いている私を見て呆れたような声になった。

 お陰で、なけなしの集中力が途切れる。

 持っていたペンをポイッと投げだし、背もたれに勢いよく背中を預ける。


「あー、もう肩が凝る! 何でこんなに難しいの?!」

「簡単に解ける暗号では、暗号になっている意味がないでしょう」


 時に正論は、凡人が不貞腐れる材料になる事もある。

 机にペタリと頬を引っ付けて、口を尖らせ「それはまぁ、そうだけどー」と言葉を返す。


「送る時の暗号化みたいに、暗号解読ロンがやってくれれば早いのになぁ……」

「私はただ、そのようにグデーッとなっているエリー様の様子を見てしまった結果、半ば事故的に組織の存在を知ったに過ぎません。暗号化に関してのみ『間違った暗号を書いてを混乱させないため』と、暗号化の作業のみ特別に手伝う事を許されている身なのですから、今でも十分優遇されていると思いますよ?」

「それは分かってるけどー」


 カラカラとワゴンを押しながら室内へと入ってくる彼の気配を背中越しに感じながら、私は小さな唸り声を上げた。


 チラリと後ろに目をやれば、彼が押してきたワゴンの上にはティーセット一式が置かれていた。


 ロンは慣れた手つきでポットを温めると、茶葉を入れてお湯を淹れ、音もなく蓋を閉める。

 ポケットから懐中時計を出すとすぐにパカリと蓋を開き、盤面に目を落とす。


「組織からの手紙も調査にも関わらないという約束を不用意に破って、不慮の事故を遂げるのなんて御免です」

「相手は正義の組織なのよ? 流石にそんな物騒な真似は」

「エリー様は、少し組織に夢を見過ぎです。そもそも社交界の噂になっている時点で、面白半分に調べてみようという人はいるでしょう。にも拘らず、未だに誰もその全容を知らない。そういう人間を裏で処理していると考えた方が、むしろ自然ではありませんか」


 シレッと告げられたその言葉に、私は「そんな事……」と言いごもる。 


 強く反論できないのは、私が『からの手紙で暗号化作業のみ彼に委託する事を許された』という事実しか知らないからである。

 どうやら私を見かねたロンが自ら組織と交渉したらしいという事は知っているけど、彼らの間にどのようなやり取りがあったのかはまったく知らない。


 ロンが頑なに手伝ってくれない事や組織の秘匿主義を考えれば、おそらく約束を破れば何かしらのペナルティがあるのではないかとは思う。


 だから私も、組織から届く手紙の閲覧やミッションの内容把握、ミッション自体を彼に漏らす事はない。

 なるべくミッションに、彼は巻き込まない。

 私が書いた文章をそのまま暗号化する事しか許されない彼に頼るのは、返送時の暗号化のみと決めている。


 そもそも私は、好きで組織に所属しているのだ。

 やりたい事をやるための苦労なのだから、頑張らなければならない。


「ほら、紅茶が入りました。少し休憩して、糖分も補給し、そうしたらまた頑張ってください」


 言いながら目の前に用意された、淹れたての温かな紅茶と本日のお菓子。

 お菓子はチョコレートマフィンだ。

 

 彼の言葉に従って、ティーカップを口に運ぶ。

 鼻孔を掠めるキーマンのにおいに、渋みの少ないサラッとした味。

 心がホッと落ち着いて、手にしたマフィンの上品な甘さが、疲れた脳みそを癒してくれる。


 何だか頑張れる気がしてきた。




「……キダノ伯爵邸?」


 どうにか暗号解読をし終わった私は、思わずそんな声を上げた。


 だって、せっかくメリナ様の意思確認が取れたのだ。

 てっきりグレンディース侯爵邸でのミッションだと思っていただけに、拍子抜けというかなんというか。


 最初は「何故別の家に行く必要があるのだろうか。もしかして、私の解読が間違っていた?」と思い該当部分だけもう一度暗号を解き直してみたが、結果は変わらなかったので、おそらく間違っていないだろう。




 “こんにちは、エージェント・シオ。今回の貴女のミッションは、メリアさん解放のために、キダノ伯爵邸に潜入し所定の物を持ち出す事。近日伯爵邸で開催されるお茶会に参加し任務を果たしてください”


 そしてその手紙を読んだ翌日、キダノ伯爵家から私宛にお茶会の招待状が届いた。


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