第2話 後編
「あれ? これは僕のペンじゃないな」
足元に転がっていたペンは僕のものではなかった。可愛らしいデザインのペンで、愛さんが持っていたのを何度か見たことがある。
「これ愛さんのペンじゃ……!?」
ペンを愛さんに渡そうとして顔を上げた僕は、目の前に広がる雄大な景色に目を奪われた。
染み一つない綺麗で健康的な、程よい肉付きのふともも。
そして僕の目と鼻の先には、極端に短くされたスカートから見える逆三角形の危険地帯が広がっていたのだ。
ピンクのストライプが入った可愛らしい奴でした。
どうやら愛さん、ここまではギャルになり切れていないらしい。
やっつけギャルだ。
「ねぇ、真人くん?」
「ハッ!?」
「今、私のパンツ見たでしょ?」
はめられた! 僕はそこでやっと愛さんの掌の上で転がされていることに気が付いた。
だが、もう遅い。
今更気が付いたところでもう遅いのだ。
僕はきっと、愛さんの胸を触ってしまった瞬間から逃れられない迷宮に囚われてしまったのだ。
「いや、僕は愛さんにこのペンを返そうとしただけで!」
「それは今はどうでもいいの。ただ、私のパンツを見たのか、見てないのか、重要なのはそれだけ」
「うっ……それは」
愛さんから放たれているとてつもないプレッシャー。
とても嘘を言えるような状況ではなかった。
「……み、見ました」
ウーウー! 教室にブーイングが鳴り響く。
僕は今、気付かぬうちにアウェーでの戦いを強いられていた。
「そう、やっぱり真人くんは私のパンツを見ていたのね?」
「わざとじゃないんです! 信じてください!」
「言い訳をする前に、普通は私に何か言う事があるんじゃないの?」
「くッ……申し訳、ありませんでした」
僕は床に手をついたまま頭を下げた。
衆人環視の中で土下座を強要されるなど、僕のこれまでの人生で一番の屈辱。
だがしかし、アウェーの地で愛さんに逆らうことは単純に死を意味する。
先ほどから羨ましさが溢れ出して野獣のようになっている男子諸君。彼らがもし解き放たれたら僕は一巻の終わりだ。
ここは穏便に済ませるためにも、大人しく愛さんに許しを請うしかない。
「本当にわざとじゃないんだよね?」
「はい! 決してわざとパンツを覗いたわけじゃありません!」
「そう、なら仕方ないか」
「ゆ、許してくれるんですか!?」
「まぁ別に、私と結婚してくれるだけでいいよ。それで許してあげる」
「あ、ありがとう愛さん。それならすぐにでも……ん!?」
僕の全身に鳥肌が走る。
危ないところだった。
直前で気が付いたからよかったものの、愛さんはまだ結婚を諦めていなかったらしい。
「あの、愛さん?」
「どうしたの真人くん?」
「いや、今結婚って……」
「私も鬼じゃないし、それくらいで許してあげようと思って」
「えぇ~」
すごい物言いだった。
というか、さっき年齢的に無理だと説明したこと聞いていなかったのだろうか。
愛さんは僕からの返事を待ちながら、髪を指でクルクルしていて手持無沙汰のようだ。その仕草はなんとなくギャルっぽいけれど、パンツは全然ギャルっぽくない。
などと余計な道にそれそうになる思考を引き戻す。改めて愛さんには結婚できないことを説明しなければならないだろう。
「愛さん。さっきも言いましたけど、結婚はできません」
「どうして?」
「やっぱり聞いてなかったんですね? 僕は年齢的にまだ結婚できないからですよ」
「……そう」
正直不安だ。
愛さんはあまり口数が多くはないから、短い返事だけだと本当に分かってくれたのか怪しく感じてしまう。
「ちゃんと分かってくれました?」
「うん」
「じゃ、じゃあ結婚しなくてもパンツ見たの許してくれます?」
「仕方ないからね」
「よ、よかったぁ!」
僕はようやく心から安堵することができた。
愛さんは本当に許してくれたようで、僕に手を差し出してくれた。
愛さんの手につかまって立ち上がる。
不慮の事故で一時はどうなるかと思ったけれど、愛さんからは怒りを感じない。
人は、許し合えるのだ。
見つめ合う僕たちを中心に、教室中が感動に包まれていた。
「今度からは気を付けてね」
「はい! 本当にありがとうございました!」
例え胸を触っても、思わず二回揉んでしまっても、それからパンツを除いてしまったとしても、愛さんは僕を許してくれた。
それはひとえに僕の誠意が伝わったおかげなのだろうと思う。
よくないことをしたら、誠意をもって謝ることは大切だ。
それと同じくらい、相手に感謝を伝えることも、また大切なことだ。
最後に、僕は許してくれた愛さんに頭を下げた。
むにっとした。
やわらか~い何かに顔が包まれ、一瞬で天国に来たような気がした。
左右の頬が柔らかな何かによって包まれ、僕の顔は軽くサンドされる。
「一生こうしてたいなぁ」
僕が思わずそう漏らしてしまったのも無理のないことだ。
「……ねぇ、真人くん?」
「ハッ!?」
「今、私の胸に顔を埋めてるよね?」
やられた!? 僕はまた嵌められていたのだ。
気が付いて顔を上げた時にはもう遅い。
僕は取り返しのつかないことをしてしまっていた。
極端に僕の近くにきて腕を組んで胸を寄せている愛さん。
僕はあそこに顔を突っ込んでいたらしい。
なんて幸せ者なのか……いや、そうではない。
僕はまだ愛さんの掌の上にいる。
きっとまた許されたいならと、無理難題をふっかけてくるに違いない。
ここは冷静に対処しなければならないだろう。
「真人くん、私の胸は気持ちよかったの?」
「……はい、まぁ」
「それにしては反応が薄いけど?」
「だって、もう三回目ですし……まぁごめんなさい」
「私と結婚したら許してあげ――」
「結婚はできませんよ」
言葉を遮られた愛さんは少し意表を突かれたように眉をひそめた。
「どうして?」
「もう三回目ですけど、まだ結婚できる年齢じゃないですし」
「……そう、だね」
「ね? でしょ?」
「うん」
三度目の正直という言葉もある。
なんぼなんでも、これで愛さんも結婚できないことは理解してくれるだろう。
僕はため息をつきながらそっと肩の力を抜いた。
「うん……うん、ぅ……ぅぅ」
「愛さん?」
「ぅぅ……ひっ、ぅ、ぅわぁあああん!!」
「えぇ!? ちょっ、愛さん!?」
豪快に泣きだしてしまった愛さんに、僕は思わず呆然としてしまいそうになる。
「ぁ、あ、泣かないで愛さん!」
「じゃあ、結婚して」
「いやだからそれは」
「結婚してくれないなら泣く、ホームルームも始まらないから皆帰れない」
愛さんは新しい脅し方を考案したらしい。
同調するようにクラスメイト達がブーイングを僕に浴びせて来る。担任もこれではホームルームができないなぁ、などととわざとらしく頭を抱えていた。やっぱりここはアウェーだ。
「そんなこと言われても、そもそも何で愛さんは僕と結婚したいのさ!」
「え、小っちゃい時からずっと好きだったからだけど」
衝撃、圧倒的衝撃! 幼馴染からずっと好きだったと告白される衝撃!
脳を揺さぶられるようなほどの衝撃を受け、倒れそうになりながらも僕は完全には納得できなかった。
「いやそんなはず、だったらなんで高校に入った頃からどんどん無愛想になったのさ?」
「だって、真人くんが高校生になってから、なんとなく大人びてきて、恥ずかしくなったんだもん」
「だもんって! そんな可愛らしく言ってもさ!」
「あ、ありがと」
「いやそうじゃなくて! じゃあ急にイメチェンしてギャルになったのは何でなの?」
「それは、真人くんが見てたエッチな画像が――」
「う、うぅぅううん!! 急に喉の調子が」
「大丈夫? それで真人くんが見てた――」
「それはもういいんだよ愛さん!」
つまり愛さんの言葉をまとめるとこういうことになる。
愛さんは昔から僕が好き。
不愛想になったのは、僕を意識しすぎて恥ずかしくなったから。
急にギャルになったのも僕の好みに合わせるため。
なにこれ、最高の幼馴染なんですが?
「え、え、ホント? 嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ。でも、真人くんは結婚して、くれない、って、ぅぅ」
「ぁあ! 泣かないで! 泣かないで愛さん!」
こんな時、僕はどうすればいいのだろう。
愛さんに泣き止んでもらうには、結婚するしかない。けれど、僕はまだ年齢的に結婚できない。
道は閉ざされたような気がした。
その時だった、
「いやぁ青春だなぁ。俺にも昔、小さい頃に結婚を約束していた幼馴染がいたなぁ……グスッ」
担任が呟いた言葉で、僕はあることを閃いたのだ。
「愛さん! 僕と婚約しよう!」
「え? それって」
「結婚はまだできない。けど、大人になったら僕と結婚しよう。それを、今ココで約束するんだ」
「真人くん……本当にいいの?」
「うん。僕には愛さんしか考えられないよ」
「そっか、そうだよね。いつも私の胸が揺れるの見てたもんね」
「うん」
「いつも私のスカート覗こうとしてたもんね」
「うん」
「私、真人くんと婚約できて、嬉しい」
「僕もだよ愛さん」
こうして僕と愛さんは、おじさん(担任)の前で愛を誓い合った。
将来本物のおじさん(牧師様)の前でも愛を誓い合うのが、今から楽しみで仕方ない。
無愛想なギャルの胸を触ってしまったと思ったら婚約していた 美濃由乃 @35sat68
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