無愛想なギャルの胸を触ってしまったと思ったら婚約していた
美濃由乃
第1話 前編
授業が終わったらつい身体を伸ばしたくなるじゃないですか?
ほら、学校の授業って45分? とか50分とかそれくらいの時間ずっと椅子に座ってないといけないから、終わる頃には身体がガチガチに固まっちゃうでしょ?
だからね、僕が身体を伸ばしたのはそういうわけなんですよ。
普通に身体をほぐそうとしただけで、別に悪い事じゃないと思うんですよ。
例え反るように伸ばした手が、柔らかい何かに当たったとしても、それは不慮の事故っていうことなんですよ。
……と、僕が心の中で長々と意味のない言い訳をしているのには切迫した理由がある。
あれはほんの数分前の出来事。
今日最後の授業が終わり、あの時僕は解放感に包まれていた。
これから自由な放課後の時間をどう過ごそうかと考えながら浮かれていたんだ。
そうして凝り固まった身体をほぐそうと、思い切り腕を伸ばした。
伸びをした瞬間、肩がゴキゴキと音を立て血が血管を通って腕に流れていくあの感覚。
気持ちよかった。
……妙に気持ちよすぎた。
伸ばした手が何か柔らかいものにふれている。
例えるならそう……いや、僕の人生経験では何物にも例えることなんてできないくらい気持ちよく、それくらい恐るべき柔らかさの物体だった。
そこでハッとすればまだよかったのに、あろうことか僕の手は勝手にその物体を揉んでいた。困った手だった。
……嘘だ。気持ちよくつい、なんだこれ? って思って思わず揉んでしまったのだ。
それがよくなかった。
「んっ……」
すぐ後ろからなんだか妙に色っぽい吐息が聞こえた。
その瞬間、僕の身体に電流が走り抜け、ヤバイと思った瞬間には手を引っ込めて後ろを振り返っていた。
「あ……」
すぐ後ろにギャルがいた。
座っている僕を後ろから見下ろすように立っているギャル。
派手な長い金髪が片目を隠しているが、もう片方の目が僕をじっと見つめてくる。
聞こえてきた色っぽい声なんて、まるで幻聴だったかのように無表情。
腕を組んで仁王立ちしていると、大きなお胸が余計に協調されていて目に毒だった。
……たぶん僕が揉んだのはあれだ。
ギャルにじっと見降ろされていると正直怖くて仕方なかった。
というのが僕に差し迫った切迫した理由であり、僕が心の中で言い訳をし始めてから、かれこれ数分は状況が動くことはなかった。
正直すぐに罵倒されてビンタでも飛んでくるんじゃないかと思っていたから、その展開を避けられたことにはホッとしてる。けれどいつまでもこのままというわけにもいかない。
教室にはすでに帰りのホームルームをするために担任の教師が来ていて、異様な空気を感じたのかクラスメイト達と一緒になり、固唾をのんでこちらを見守っている。
助けてほしいと切に願っても、誰にも僕の願いは届いてくれなかった。
こうなったら覚悟を決めるしかないじゃない。僕は自分でこの状況を解決することにした。
「あの、愛さん?」
何も喋らないギャルに呼びかけてみる。
愛さんは僕の真後ろの席の女の子。
しかも、実は僕の幼馴染でもある。
今はこんな姿になってしまっているが、昔は長い綺麗な黒髪を持った清楚系の美少女で、よく男子たちの間では本物の大和撫子だと人気を集めていた。
それが今やこうだ。愛さんの今の姿はまごうことなきギャル。
何のきっかけがあったのか、愛さんはある日を境にして急に髪を染め、化粧も変えてギャルに大変身した。
幼馴染ということもあって、これでも僕と愛さんは昔は毎日一緒に遊んでいた程の仲だった。
けれど愛さんは元々口数がすくなかったし、高校生になってからはますますそれが顕著になり、すっかりと無愛想になってしまった。
おかげで愛さんが何を考えているのか、今では僕にもよくわからない。
こうして無愛想ギャルが誕生したのだ。
前は愛ちゃん、って呼んでたけど、今じゃさん付けしないといけないような気さえする。
僕が慎重に呼びかけると、愛さんがやっと反応してくれた。
なんとなくボーっとしているようにも見えたけれど、愛さんはハッとして我を取り戻した。
ゴクリッと教室中の至ところで唾を飲む音が聞こえてくる。
今や僕だけでなく、クラス中が愛さんの発言に注目しているのだ!
「真人くん、今私の胸触ったよね?」
「……はい、ごめんなさい」
冷たい視線を教室中から感じた。
僕はこれからおっぱい聖人と呼ばれて虐められてしまうかもしれない。なんとしてもそれだけは避けたかった。
「あの、わざとじゃないんです。不慮の事故なんです」
「揉んでたよね?」
「……はい、ごめんなさい」
ますます体感温度が下がった気がした。
女子からは軽蔑の、男子からは怨みのこもった視線が飛んでくる。
おっぱい聖人不可避だ。
「でも、わざとじゃないなら仕方ないね」
「はい、この罪はどんなことをしても……え?」
耳を疑った。
何故か許してもらえる流れらしい。僕は自分の日頃の行いに感謝した。
「ありがとう! 許してくれるんだね?」
「うん。私と結婚してくれたらいいよ。全然許してあげる」
「よかったぁ、それくらいなら……え?」
まず耳を疑ってみる。次に頭。
けれどおかしくなってしまっているかもしれない頭では、自分のどこがおかしいのか判断できそうになかった。
「あの、愛さん?」
「どうしたの真人くん?」
「いや、今何をしたら許してくれるって言ったのかなって」
「結婚したら許してあげるって言ったの」
「あ、聞き間違いじゃないね」
どうやらおかしいのは僕ではないかもしれない。
「結婚してくれたら私の胸を触ったことを許してあげる」
「あ、うん。もう聞こえたから」
「結婚してくれたら私の胸を二回揉んだことを許してあげる」
「う、うん。ホントもう言わなくて大丈夫だから」
真顔で結婚結婚と行って来る愛さんがおかしい気がする。
あと風当たりが強くなるから、胸を二回揉んだことも黙っていて欲しかった。
「あの、結婚は無理じゃないかな?」
「どうして?」
愛さんは真顔で首を傾げている。
可愛いのだけど僕は愛さんの将来が心配になった。
どうして胸を触ってしまったことを許す条件が結婚になるのかまるで意味が分からない。
もしや、愛さんは結婚を何か別の行為と思い込んでいるのではないだろうか。
「あの、失礼ですが、ご結婚についてちゃんと知ってますか?」
「知ってる。おじさんの前でキスするやつ」
「あ~ね~、おじさんって神父様、いや牧師様のことかな?」
式は洋式がお望みらしい。
どうやら愛さんが結婚について、別の何かと勘違いしているということはなさそうだ。
となると愛さんは本気で僕と結婚したいと思っているのかもしれない。
……なんて、童貞のような自惚れ思想にならないのが僕の凄いところ。
愛さんは昔から頭があまり良くなかったから、きっとまだ思いもしないような勘違いをしているに違いないのだ。
早まることなく冷静にそう判断した僕は、なんとか愛さんの説得を試みることにした。
「愛さん、結婚はやっぱり無理だと思うんですよ」
「どうしてなの?」
「だってね、僕はまだ結婚できる年齢になってないから」
「結婚できる、年齢?」
そう。僕はまだ高校二年生であり、民法に定められている結婚できる年齢には達していないのだ!
こればかりは僕にはどうしようもできない。
例え愛さんと二人で婚姻届けを持って行っても、役所は受理してくれないだろう。
「そうなんだよ。だから残念だけど結婚はできないかな」
「なら仕方ない」
「うんうん。法は守らないとね」
「あ、真人くんの足元にペンが落ちてる」
「え? ホントだ、教えてくれてありがとう」
どうやら愛さんも納得してくれたようで、結婚はあきらめてくれたらしい。
僕は素直に愛さんへ感謝して、かがんで床に落ちているペンを拾った。
だが、それは巧妙に仕組まれた罠だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます