少女たちの別れ
黒いドレスのような衣装に身を包み、滑走路に歩いていく。
眼前に広がるのは、自分の戦闘機の前で敬礼するパイロットたち。それと、何十発ものICBM。
パイロットたちにお酒の入った杯が配られる。彼らはそれを上官の合図で一気に飲み干し、杯を叩きつけて割った。
なんでも、東の島国で海軍のパイロットが出撃前にやることらしい。西の大国の戦艦を何隻も沈めた彼の国にあやかり、士気高揚として真似をしているんだとか。
ただ、それをやるのは特攻――自爆攻撃の時だって聞いたんだけど。死ににいくみたいで縁起悪いなぁ。
呆れたように彼らを眺めていると、靴音が聞こえてきたから敬礼をする。
ブドウジュースを杯にいれ、僕へと渡してくれる男性。僕の国のトップ、閣下だ。
「今回、君には極めて重要な任務をやってもらう。分かっていますか?」
「もちろんです。僕にお任せを」
「改めて確認しましょう。今回、ヴィオラくんがやるべきはU国首都の完全破壊です。ICBMの護衛と誘導、それから航空隊の護衛を任務とします」
「僕からも確認させてください。最近、ICBMが途中で撃墜され、魔女まで墜とされる事態も起きていると聞きます。その場合の対処は?」
「誘導と護衛任務を破棄。空爆は航空隊に任せ、全力で敵の魔女を殲滅しなさい」
「了解しました」
閣下から渡されたジュースを飲み干し、杯を魔法で破砕する。一礼をし、踵を返した。
パイロットたちがコックピットに乗り込む。僕も準備を始めよう。
僕専用に作られた大型ライフルを魔力で浮かせる。一応魔女殲滅の任務もあるから、追加の武器として銀の大剣も持っていこう。数は……十本あれば充分か。
最後に、霊脈から魔力の塊を取り出してICBMの動力炉に投入する。戦闘機の発進準備も整い、ICBMも轟音を鳴らし始めたところでライフルに跨がる。
「出撃します。僕に続いてください」
『『『イエス、サー』』』
先頭に僕、続いてICBMが発射され、順次戦闘機が離陸する。
フードを目深に被り、一気に高度を上昇させた。さらに速度も増す。
飛びながら、顔を後続のICBMに向ける。これがどれだけの命を奪うことになるのか、想像するだけで恐ろしい。
だから、考えない。感情を殺して命令のままに動く。そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだった。
そんな風に考えながら飛んでいると、航空隊の隊長機から通信が入る。
『ヴィオラ様。前方一時の方角に複数の影』
「分かりました。確認します」
魔法で視覚を強化し、言われた方角を見る。
銃に乗った少女たちが編隊を組んで待ち伏せていた。連合国の魔女たちか。
どこかで情報が漏れたね、これは。
まぁいい。何も考えず、命令に従って殲滅するのみ。
「魔女です。僕は彼女たちを墜とします。自動誘導にするので、ICBMの着弾後に攻撃を始めてください」
『分かりました』
半分を目的地方面へ飛ばし、もう半分を魔女殲滅に使う。
ついでだ。あいつらにも手伝ってもらおう。
「従え。本性を解放せよ」
眼下に見えた地上にちょうどいた翼を持つキマイラを呼び寄せる。
魔法で支配し、それを魔女たちへと叩きつける。
キマイラ急襲に、魔女たちが必死に魔法で応戦している。この乱戦を利用し、一気に片付けよう。
大剣を飛ばして攻撃に参加する。キマイラもろともの皆殺しだ。
魔力で鍛えた僕の剣の切れ味は鋭い。それがたとえ頑強なキマイラの骨格だろうと、魔法で強化された魔女の首の骨だろうと、彼女たちが乗っているライフルだろうと、何もかもを容赦なく切り裂いていく。
次々とキマイラが死んでいく。首を失った魔女たちが血の雨を降らしながら墜ちていく。ライフルを失い、墜落死の恐怖に泣き叫ぶ魔女たちが手を伸ばして助けを求めている。
こればっかりは、感情を殺していても慣れない。耳栓でそもそもの音を絶つしかない。すべてを遮断し、ゆっくり目を閉じる。
耳に届く断末魔が小さくなる。耳栓のおかげなのか、それとも単に力尽き、生き残りがいなくなっただけなのか。
目を開けると、雲の上には僕だけが残っていた。
「……呆気ない。
殺してしまった魔女たちに心の中で謝りながら、航空隊を追いかけるとする。
耳栓を外したとき、聞き覚えのある声が届いた。
「よくも皆を!! ここで墜ちろ闇の魔女!!」
遠くから光のような軌跡を描いて飛んでくる少女。
ミネアだ。再会があの花畑ではなかったことが残念でならないけど。
赦してとは言わない。これが、戦争というものだから。
とりあえず二発ICBMを撃ち出す。
迫り来るICBMに対し、ミネアは光の弾丸で迎撃した。空中に緋色の爆炎が花咲く。
炎は黒煙に変わり、その黒煙を突き抜けてミネアが飛んできた。たまらず、もう一発眼前で意図的に爆発させて煙幕代わりにして攻撃を回避する。
体勢を立て直そうと高速で飛ぶが、ミネアが付いてくる。まさかここまでとは。
残っていたICBMを全弾発射。同時に大剣も乱舞させる。
直撃の寸前で防がれたのか、爆炎から出てきたミネアは無傷だった。大剣も魔法で弾き、付与した術式まで無効化されて地上へと落ちていく。
回収に行きたいけど、拾ったところでもう一度術式を刻む暇なんてミネアはくれないだろう。予想はしていたけど、やっぱり強いや。
さらに追撃を仕掛けてくるミネア。
「お前さえ倒すことができたら! 私たちは!」
どれだけ僕は脅威に思われているのだろう。思わず苦笑が漏れてしまう。
「私は約束したんだ! お前を墜として戦争を終わらせるって! あの子に誓ったんだ!」
あの子……もしかして僕だろうか?
いや、考えすぎか。約束はしてくれたけど誓われた様子はなかったから。
……あまり長引かせるのも良くはないか。決着といこう。
さようなら、ミネア。
「我が支配するは深淵の闇。光届かぬ純黒で世界を塗りつぶせ」
僕を中心に世界を侵蝕する、黒い領域。僕必殺の魔法で、多分これが原因で闇の魔女だとか呼ばれていると思う。
光が届かない。つまりは何も見えない。……僕を除いて、ね。
旋回してミネアの背後へと回り込む。銃口の照準を彼女の頭に合わせる。
「さようなら。あの日、少しだけど会話することができて楽しかったよ」
弾丸を撃ち出す。
普通のものよりも強力で大きい弾だ。魔力の防御を破壊し、頭を破壊する。
チェックメイト。
「……え?」
と、思っていたらミネアは弾を躱した。
驚きで意識が揺らいだ瞬間、浮遊感を感じる。確認すると、僕の剣がライフルを破壊していた。
さっき落とされた僕の剣。まさか、あの一瞬で術式を消したのではなく上書きを……!?
地上へと落ちる。さっきの魔女たちは、こんな気持ちだったのか。
でも、そう簡単には死なない。
地面に激突する直前に、突風を引き起こして体を浮かせた。落下速度を緩め、安全に着地する。
でも、それは死期を刹那の時間伸ばしたに過ぎないと、空を見て悟った。
「これでトドメだぁぁぁぁぁ!!」
急降下してきたミネアがライフルから飛び降り、大剣を僕の胸へと突き立てた。
体が熱い。嗚呼、でも、これが報いか。多くの命を奪った僕への裁きの熱。
わずかに遅れて衝撃波が周囲に広がる。その影響で、無数の花びらが散って美しい花吹雪を見せてくれた。
最期に見る景色としては……いいものだ。ここは……僕がよく来ていたあの……花畑。
意識が……薄れていく……もう……長くはないね。
「この花畑は……! うんっ! ヴィオラちゃんには悪いことをしたけど、ここでお前を倒せて……」
風が僕のフードを剥がした。途端に、ミネアが震え出す。
剣から手を離し、後ずさった。
「ヴィオラ……ちゃん……!?」
「はは……また……会えたね。ミネア……」
わなわなとミネアが震えている。膝から崩れ落ち、涙を流していた。
「そんな……! ご、ごめんなさい!!」
「どうして……謝る必要が……?」
謝る必要なんて、ないんだよ。
ミネア……君は、僕との約束を果たしてくれたじゃないか。
戦争を終わらせるために、
そして……
また、このお花畑で会おうねっていう……約束も、さ。
だからミネア……勝者の務めを。僕の首は……君に渡すよ。
正義の魔女が闇の魔女を倒し、戦争を終わらせた。ははっ……物語としては最高のハッピーエンドじゃないか……。
魔女の約束 黒百合咲夜 @mk1016
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